▼ 7

「学年とクラスと名前を名乗れ」

頭上から見下ろしてくるその人の顔は、月や星のぼんやりした光しかない真っ暗な屋上ではよく見えない。
だが、この声には聞き覚えがあった。
数日前、より正確に言うなら先輩に再会する前に、もう行けなくなったベンチの所で聞いた声。
突然現れた風紀委員長への驚きと恐怖に跳ね起きたまま固まった俺の横で、慎二さんはのろのろと起き上がって顔をしかめた。

「げ。またアンタっすか」
「あァ? 高槻か、お前。そりゃこっちの台詞だっつうの。何度見つかったら気が済むんだよ。禁煙しろっつったろ」
「アンタこそ妙な所うろうろすんのやめてくださいよ」
「アホか。俺の部屋の真上だぞ、ここ。バレねえ方がおかしいだろうが」

言われてみて初めて気づくとは、まったく間抜けもいいところだ。先輩は確かに同じ階の反対側に風紀委員長の部屋があると教えてくれていたのに。
しかし、後悔してももう遅かった。慎二さんから煙草を没収した委員長が、今度は俺に顔を向ける。

「で、お前は? 何年の誰だ?」
「い、1年の大谷です……」
「大谷? ああ、外部からの特待生のやつか」
「えっ」

バレている、と顔をしかめた俺に、委員長はにやりと笑う。

「馬鹿なやつだな、お前も。こんな遊び道具で輝かしい将来を台無しにするなんてなあ」
「え、それって」

言外に匂わされているのは、まさか退学だろうか。俺の将来が果たして輝かしいものかどうかはさておき、放校にでもなってしまえば俺が路頭に迷う可能性は高い。
肝を冷やして固まる俺の横で、しかし慎二さんはうんざりしたように眉を顰めた。

「アンタさあ、いたいけな後輩を虐めんのいい加減やめたらどうっすか? 初犯なんだし、つうかそもそも喫煙なら反省文どまりでしょ」
「別にそんな決まりはねえけど? 特待生なら処分重いのも当然だろ」
「えっ? マジで?」
「いや、嘘だけど」
「はあ? 嘘かよ、性格悪……」

顔をしかめた慎二さんにしれっと笑ってみせた委員長を見るに、結局俺のお咎めは反省文のみで済むということだろうか。
反省文くらいなら別に、と胸を撫で下ろす俺だったが、俺のポケットから煙草を没収した委員長は、その箱をまじまじと見つめた後、とんでもないことを口にした。

「でもまあ保護者くらいは呼んどくかな」
「え、親ですか? あの、それはちょっと……」

大家族を養うために共働きしている両親を俺の迂闊な行動でこんな山奥くんだりまで呼び寄せるのは忍びない、というか怒られたくない。
が、慌てる俺の前で、委員長は流れるような動作で携帯を取り出し、耳に当てた。

「おう、俺。ちょっと屋上来いよ」
「えっ! うちの親と知り合いなんですか!?」
「ーーあァ? 違ェよ、大谷って1年を喫煙で捕まえたんだけどよ、これお前のじゃねえの?」
「……ん?」

委員長は俺の疑問なんかに耳を傾けてはくれなかったが、どうも様子がおかしい。
電話の相手は俺の親ではないのだろうか、確かに委員長は俺の保護者と言ったはずだが。
しかも、『お前の』とは一体?

「ーーあーそうそう、特待生。つうかお前趣味変わったなあ。どんな美人かと思えばただの平凡なやつじゃねえか」

む。
確かにその通りだが、わざわざ本人の目の前で話さなくとも良さそうなものを。

「ーーはァ? どこが? 西園寺と比べたら雲泥の差だろ。ーーあ? だってお前昔付き合ってたろ、あいつと」

西園寺という名字の人がこの学園に1人だけだと仮定するならばの話だが、委員長が言っているのはおそらく副会長のことなのだろう。そりゃあの人と比べたら雲泥の差なのは事実なのでいいとして、そうすると電話相手は副会長の元彼だろうか。
だとすれば余計に俺の知らない人のような気がするが、と首を捻ったところで、それまで面倒くさそうに成り行きを見守っていた慎二さんが猛然と立ち上がった。

「は? 美波の元彼!? 誰だよそれ!」
「あァ? ちょっ、おい」
「もしもし? もしもし!? くっそ、切ってんじゃねーよ!」
「いきなり何をはしゃいでんだお前は。返せ、携帯」
「はしゃいでねーよ! アンタ今誰と喋ってたんすか!?」
「はあ? ああ、お前西園寺と付き合ってんだっけ? 恋人の元彼に嫉妬ってか。小せえ男は嫌われんぞ」
「うるっせーな! とにかく相手教えろよ!」

掴みかからんばかりの勢いで詰め寄る慎二さんと、悪戯っ子のような、いやむしろ悪魔のような笑顔でそれをいなす委員長。
止めるべきか否か決めかねた俺はただひたすらおろおろしているだけだったのだが、そんな俺の代わりに騒ぎを止めたのは突然勢いよく開いた屋上の扉だった。

「相原ァ! テメェ余計なことべらべら喋ってんじゃねえぞ!」

暗がりに響く怒鳴り声。
副会長はずいぶん怖い人と付き合ってたんだなあ、と思えば、

「大体お前は昔っから余計なことばっかり……、あ、大谷大丈夫? あいつに何もされなかった?」
「……先輩?」

大股で歩み寄ってきたその人は、さっき下で別れたばかりの先輩だった。
ついさっきまでの委員長への怒りはどこかへ飛んで行ってしまったのだろうか、俺の前で立ち止まった先輩は、固まる俺の体にぺたぺたと触れて心配そうな顔をする。

「あ、はい、別に何も」
「なら良かったけど……」

ほっとしたような顔で、しかしまだ少し心配そうに、先輩は俺の頭をぽんと叩く。

イチャイチャしてんじゃねえよ、と委員長の呆れたような声が飛んできたが、俺の心の中にあったのはいつもより近い距離への恥ずかしさではなく、委員長が俺と先輩が知り合いであることを知っていた理由でもなく、
先輩は副会長と付き合っていたことがあるのかという驚きだった。

prev / next

[ back ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -