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俺の同室者である小島は、今年の生徒会と風紀は仲が悪いと言った。
それを聞いた時はまだ先輩が生徒会役員だということを知らなかったので、ふーん、と聞き流しただけだったが、今やそれは他人事ではない。なぜなら今俺の目の前では、先輩と委員長が睨み合っているからだ。

しかし、この数分2人の言い争いを聞いていたがはたして本当に仲が悪いのだろうか。むしろ長年連れ添った夫婦の痴話喧嘩のようにも見えなくもない。
そう思った時、胸のあたりが突然奇妙な感じにもやっとするのを感じた。はてこれは一体何だろう。夕飯を食べすぎたわけではないし、当然酒を飲んだりもしていないし、多少煙草は立て続けに吸いすぎたかもしれないが別に体調が悪いわけでもないし。
などと内心首を傾げかけたが、けれどすぐに思い当たった。
そうか、これが慎二さんが言っていた嫉妬というやつか、と。

正直、あーあ、と思った。
確かに自分が先輩のことを恋愛感情で好きなんだろうということはついさっき認めたばかりなのでそれはいいとしても、認めたら認めたでいきなり先輩の周りの人に嫉妬なんかしてしまっている。
それは勿論今こうして先輩と仲よさげに(誰の目にもそう見えるのかは分からないが)喋っている風紀委員長に対してもそうだし、それから先輩と昔付き合っていたらしい副会長に対してもそうだ。
ありがたいことに先輩は俺のことを好きだと言ってくれているのに、どうして俺は嫉妬なんかしてしまうのだろうか。何という心の狭さ。

「宏樹どうした? なんかすげえ死にそうな顔してっけど」
「いや別に……ちょっと自分の心の汚さに絶望してただけです」
「は? 何で?」
「……いや、別に」

心配してくれたのかこっそり話しかけてくれた慎二さんには申し訳ないが、さすがにこれは他人には話せない。
と首を横に振ったのだが、俺の顔を覗き込んできた慎二さんは、不意に笑顔になった。

「ははーん、分かった。ヤキモチやいてんだろ」
「えっ、いやそんなことは」
「図星だろ? いやー分かるよ、俺も元哉にヤキモチやいてるもん」
「え?」

なぜ先輩に?

「だって美波と付き合ってたのって元哉のことなんだろ? 過去は過去と思うけどさあ、やっぱ面白くねえよ。な?」
「あー……」
「あ、それとも委員長?」
「んー……」

そうか、俺が副会長に嫉妬するのと同じ理由で、慎二さんも先輩に『ヤキモチやく』のか。ということはやっぱり俺は慎二さん同様『独占欲が強くて嫉妬深いタイプ』というわけだ。

「はあ……」

こっそりため息をついて夜空を見上げる。さっき俺の悩みをちっぽけなものに思わせてくれたはずの満天の星空には、しかし今は全く効果はなかった。無性に煙草が吸いたくなったが、風紀委員長がいる前でそういうわけにもいかない。ついもう一度ため息をついた時、不意に先輩が俺に視線を寄越した。

「大谷?」
「はい?」
「どうかした?」
「あ、いや別に何でも……」

心配そうな表情に、しまったと後悔する。が、さすがに今思っていることをそのまま話すわけにもいかない。困って曖昧にごまかすと、先輩は小さく首を傾げた。

「ならいいんだけど……何か怒ってるのかと」
「えっ、いや全然!」

全く怒ってはいないが、そういう態度に見えてしまったのだろうか。慌てて手と首を振り否定すると、慎二さんが笑いながら口を挟んできた。

「あー違う違う、宏樹はヤキモチやいてんの」
「ちょっ、慎二さん!」

思わず声を上げるが、俺の抗議は普通に無視された。それどころか先輩も、慌てる俺ではなく慎二さんの方に尋ねる。

「え、ヤキモチって何に?」
「委員長じゃねーの? 」
「は? 何で?」
「さー知らんけど。仲よさそうだから?」
「は!?」

ということは俺が妙な嫉妬心越しに2人の姿を見ていたわけではなく、どうやらはたから見ても先輩と委員長は『仲よさそう』に見えるらしいが今はそれはさておくとして、そう言われた瞬間先輩はものすごく嫌そうな顔をした。以前委員長の愚痴を言っていたことから考えても、多分先輩は本心から委員長とそりが合わないのだろう。
それは委員長も同じなのか、苛立ったようにぴくりと眉を上げる。が、顔をしかめたままの先輩とは違って、委員長の方はすぐに何か企んでいるかのような笑みをニヤリと口元に浮かべてみせた。

「ああ、そういうこと。さっき面白えことぺちゃくちゃ喋ってたもんなァ」
「え? 何すか面白いことって」
「独占欲がどうだの嫉妬がどうだの、なあ?」
「……げ、何で盗み聞きしてるんすか。趣味わりーな」
「おい人聞き悪ィこと言ってんじゃねえよ。お前らが人の部屋の真上でべらべら喋ってっからだろ。窓開いてたら丸聞こえなんだよ」

ということは全部聞かれてたわけか?
あの恥ずかしい話を?

と思わずぽかんとしていたら、先輩が怪訝そうに委員長を見た。

「独占欲?」
「そうそう、あと先輩のこと好きかもとか? 先輩ってお前のことだろ?」
「えっ!?」

今みで見たこともないような悪い顔でにやりと笑った委員長の言葉に、先輩が目を丸くする。それは、俺が思わず息をのんだのとほとんど同じタイミングだった。

「な……」

何で言うんだよ馬鹿たれと思うが、しかしまさか仲がいいわけでも全くないしそもそもほぼ初対面の上級生、しかも鬼と名高い風紀委員長相手に噛みつくわけにもいかない。いや言いたいのは山々なのだがともかく、1人で絶句していたら先輩が勢いよく俺を振り向いた。

「今の本当?」
「……ええと、あの」

どうしよう、この展開は全く予想していなかった。しかもつい視線を泳がせた先では慎二さんも風紀委員長もニヤニヤしながら俺達を見ている。本当にどうしよう。

「大谷」
「……」

どうしようどうしようと内心ものすごく焦りながら目を逸らすと、突然手首を掴まれた。驚いて顔を上げると、真剣な表情の先輩と目が合う。

「ちょっと、ええとどうしようかな、2人で話したいんだけど」
「えっ……と、それ今ですか……?」

正直心の準備も何もできていないし、それどころかむしろ混乱しているし、できればもう少し時間が欲しかったのだが、

「うん、今。もう1回俺の部屋行こう」

先輩はきっぱりそう言った。

「え、いや、あの……」
「だめ? なんか用事ある?」
「えっ、いや用事は何もないんですけど」
「じゃあちょっとだけでもいいから。ちゃんと話したい」
「あ、はい……」

押されるように頷いてしまってから後悔したが、既に遅かった。
掴まれままだった手を引かれた俺はそのまま、「がんばれよー」という一体どちらに向けられたものか分からない慎二さんの呑気な声援に見送られながら屋上から連れ出されたのだった。


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