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1人で悩まないで相談してみなよ、との安田のアドバイスは、思えば金融会社か何かの宣伝文句のようでもある。
が、とりあえずそれに従ってみようと思った俺は、切り出すタイミングを窺っていた。
目の前には腕組みしながら将棋盤を真剣な顔で睨む先輩。いつの間にやら穴熊を覚えたらしいが、未だ敵陣に攻めあぐねている。

「あのう……」
「ん? あ、待った待った、やっぱりこっちにする」
「またですか? 男らしくないですよ」
「む、それもそうか。いや、でもなあ……」
「じゃあこれで今度こそ最後ですからね」
「やった、ありがと」

あ、今の笑顔かわいい。
……じゃなくて。

「あの、先輩」
「ん? 何?」
「あの……」
「うわーしまった、また飛車とられた」
「……」
「あ、ごめん何だっけ?」
「いや、何でも……」

先輩が将棋に没頭している時はこんな話には向かないな、と思い直して今度は帰り際に切り出してみることにしたのだが、

「じゃあまた明日な」
「あ、先輩。あの」
「うん?」
「あの、先輩ってその」
「うん」
「タ……」

タチですか?

「ネ……」

ネコですか?
……いかん、聞けない。

「種?」

不思議そうに問い返され慌てた俺は、焦るあまりどうでもいいようなことを口にしてしまった。
いや、どうでもいいことと言うよりも、

「たっ、タコとネズミどっちが好きですか!?」

意味の分からないことだった。

「え? タコとネズミ? どういう意味で?」
「あ、いやええと」
「食べるならタコだし可愛い方ならネズミだけど、あ、でも格好いいのはタコだな」
「え、格好いいんですか? タコが?」
「うん、吸盤的な意味で」
「吸盤……」

先輩の格好よさの基準はさておき、問題なのは俺のヘタレさ加減だった。





結局何も言わずに先輩の部屋を出た俺は、寮の屋上でばったり慎二さんと出会った。
聞けば副会長の部屋から帰る途中だったという。
遊びに行ってたんですか?と重ねて聞けば、

「つーか付き合いだしたんだよなー」

と慎二さんは照れたように笑った。

「えっ、おめでとうございます」
「おう。で?」
「え? 何がですか?」
「元哉とどうなってんの? 最近」
「いや、別に何も」

何もというか何というか、と思いながら答えると、慎二さんは目を見開き、ついでに口もぽかんと開けた。

「は? まだ付き合ってねえの?」
「ないです。というか……」
「ん? またなんか悩んでんの?」
「……」

じゃあ悩める青少年のお悩み相談室でも開いてやるよ、と笑った慎二さんは、屋上のコンクリートに座りこんであぐらをかいた。





山奥にあるこの学園からは満天の星空が見える。その下で煙草を1本半消費しながら語った俺の悩みは、しかし慎二さんに一蹴された。

「先走りすぎじゃね?」
「え?」
「いや、気持ちは分かるけどさ。俺もそれで悩んでたわけだし。でもそういうのってやっぱお互いの気持ちあってこそっつうの?」
「気持ち?」
「だからさ、ヤんのを目的に付き合うわけじゃねえだろ、別に。お互い好きだなーと思って付き合ってさ、そんで好きだから相手にちょっとでも近づきたいなーとか触りたいなーとか思って、そんでその結果としてヤるわけじゃんか」
「なるほど」
「だからさ、大事なのは好きかどうかであって、ヤれるかどうかじゃないと思うんだよ。つーか好きだったら多分、遅かれ早かれいずれはしたくなるんじゃねえかな。自然とさ」
「へえ……」
「いやまあ本当俺が言うなって話だけどな。まーでもこうなってみたから分かるってのもあるけどさ」

なるほど、目から鱗だった。
そう言われてみれば確かにそうなんだろうし、だとすれば俺が先走りすぎなのもその通りである。

「あーあとな、俺も悩んでた時に人に言われてなるほどなーと思ったことがあるんだけどさ。例えば元哉に他の相手ができた時のことを想像してみたら分かりやすいかも」
「他の相手?」
「ほら彼女とか。あ、違うか彼氏? いやまあ誰でもいいんだけど、とりあえず宏樹好みのねーちゃんが元哉の隣にいるところ想像してみ」

『好みのねーちゃん』と言われればバニーガールの、……いや待て待てそれじゃさすがにギャグにしかならない。困ってうーんと唸っていると、慎二さんはぽんと膝をうった。

「あ、じゃあ俺でいいや」
「え?」
「はい目閉じて想像して」
「え、ああ、はい」
「まず俺が美波と別れたとします」
「はい?」
「いいから想像しろって」

一体何を言い出すんだろうこの人は、と一旦閉じた目を開きかけるが、寸前で伸びてきた慎二さんの手に再び塞がれてしまった。正直意味が分からないが、仕方がないので言われた通りにする。

「で、ある日元哉が宏樹の前に俺を連れてきて言うわけ。俺、こいつのこと好きになったからって」
「……え」
「こいつと付き合うことになったから、宏樹に言ったことは全部なかったことにしてくれって」
「……」
「だからもう宏樹には会えない、悪いな」
「……」

暗い視界の中で、慎二さんが言った言葉が先輩の声で再生されなおす。思わず黙りこむと、俺の目を閉じさせていた慎二さんの手がぱっと離れた。

「想像できた?」
「……しました」
「どうよ、どう思った?」
「なんか……」
「うん」
「人生に絶望しました……」

答えながら思わずうなだれると、慎二さんはぶっとふきだした。

「暗っ! ほんっと相変わらずネガティブだなー。つうかメンタルよえーな」
「なっ、じゃあ慎二さんは自分の時どう思ったんですか!」
「俺? とりあえず美波の相手ぶん殴って退学になって職にもあぶれてやさぐれるとこまでは想像したけど?」
「えっ」

それはまたなんというか、

「えらく過激ですね」
「まーね、俺独占欲強くて嫉妬深いタイプらしいわ」
「嫉妬……」

文字にするとやっぱり過激だが、ちょっと分かるかもしれない、と思ってしまった。少なくともさっき先輩と慎二さんが付き合っている場面を想像してみた時に感じたのは、多分それだ。ということは俺も独占欲が強くて嫉妬深いタイプだということか?

「いーんじゃねえの別に。嫉妬だのヤキモチだのも好きだからじゃん? まあ出しすぎりゃうざいかもしんねーけどそれも恋愛の一部っつうか、それも含めて楽しめばいんじゃねえの」
「……そんなもんですかね」
「そんなもんだろ。ま、あんま深く考えなくても適当でいんだよ適当で」
「適当、か」

なんだか肩の力が抜けた気がした。
ごろんと寝そべれば目の前には変わらず満天の星空が広がっている。なんとなく、俺の悩みなんてちっぽけなもののように思えた。

「で?」

隣で同じように仰向けに寝そべった慎二さんが、再び俺に問いかけてくる。

「元哉のことどう思ってんの?」

回り回って結局戻ってきた最初の質問。
ただし、さっきと今とでは、先輩に対する気持ちも少し違う。

「多分……」
「うん」
「悩む方向は間違ってたかもしれないですけど、色々考えるくらいには先輩のこと好き、なのかも」

ぽろりと口から零れた言葉は、俺の心に驚くほどすとんと落ちた。
ああ、俺は先輩のことが好きだったんだな、と自分の言葉に自分で納得する。
緊張して、悩んで、色々と考えたのは、きっと先輩のことが好きだからだ。
理由なんて分からない。好きだと言われて驚いたけれど嬉しかったかもしれないし、もしかしたらその前から好きだったのかもしれない。
でも少なくとも、一緒にいて楽しかったのも会えなくなって寂しかったのも、また一緒にいられるようになって嬉しかったのも、隣に先輩がいると安心するのも事実で、それはきっと全部先輩のことが好きだからなのだ。

「そっか」

ようやくたどり着いた答に、慎二さんはそれ以上何も言わずににこりと笑った。
それで、ああやっぱりこれが正解なんだ、と嬉しくなって、それから先輩のことを思い浮かべる。
帰ったら後で電話をしよう、いやこういうことは明日にでも直接話をするべきか、いや、でもやっぱり電話もしよう。
などと1人考えをめぐらせながらこっそりテンションを上げていた俺だったが、

「テメェら馬鹿じゃねえのか?」

突然頭上から降ってきたドスの効いた声に心臓を凍りつかせた。


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