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「映画とか好き?」

先輩がそう切り出したのは、最近恒例となった将棋を何局か指した後、一息入れていた時のこと。
特に好きな映画があるわけでもないしたまに誘われれば見ることもある、という程度だがとりあえず頷くと、先輩はいそいそとDVDを出してきた。

「前西園寺に借りたんだけど見ないまま借りっぱなしになっててさ、今日催促されたから返さないといけないんだけど、せっかくだしと思って。良かったら一緒にどう?」
「いいですよ、どんなのですか?」
「どんなだったかな。アクション、いやサスペンス?」

パッケージ裏を見ながらしばらく首を捻っていた先輩は、まあ見れば分かるか、と笑ってテレビをつけ、そして部屋の電気を消した。

が、映画が始まって数十分後。
暗くなった部屋で最初は煙草片手に呑気に足なんか組んで画面を見ていた俺は、今や腹に抱きこんだクッションに顔をうずめできる限り身を小さくして丸まっていた。
なぜならばアクションだかサスペンスだかと言った先輩の予想は大外れで、映画の中身は完全にホラーだったからだ。ホラーと言ってもゾンビや怪物の類のものなら俺だってまだ見られる。だが幽霊だの怨霊だのはいけない。所詮フィクションなのだから怖がる必要はないとも思うのだが、やっぱり怖いものは怖い。

「……大丈夫? やめる?」

そんな俺に、先輩が心配そうに尋ねてくるのももう数度目。怖い場面になる度に俺が異常に体をびくつかせているのだから無理もないだろうが。

「大丈夫です」
「でも怖いだろ」
「全然怖くないです」
「え? 本当に?」
「いや嘘ですけど……」

嘘だった。
正直に言えばものすごく怖い。が、ものすごく怖いのだが、しかしストーリーは面白いのだ。だから先が気になるので結末まで見たいのだが、

「……っ!」

やっぱり怖いものは怖いのだった。

「……大丈夫か?」
「大丈夫……」
「いや、え、もしかして泣いてる?」
「泣いてな、っ、ーーーっ!」

大丈夫だろうと踏んでいた場面での不意打ちに、俺の心拍数は最大限に跳ね上がった。あまりにも驚くと、言葉が出ないどころか体も動かなくなるらしい。固まったままの俺の頬をすうっと生温かいものが流れていくのを感じ、あ、やっぱり泣いてた、とどこか客観的に思う。

「やっぱり止めようか。な? 無理して見るもんでもないし」
「で、でも続きが気になるし」
「あー、じゃあ後で俺が1人で見とくから。で、明日話すよ」

いやいやそれは駄目だろう。結末を知るだけならそれこそ先輩に聞くなりネットで探すなりでも事足りるが、やっぱり自分の目で見てこそ面白いわけで。
だから首を横に振ると、先輩は少し困ったように俺の顔を覗きこんできた。

「でもなあ……」
「本当に大丈、ーーーっ!!!」

と、ここでさっき以上の不意打ち。
びくついた衝撃で手近なものにしがみついた俺は、

「うわ、ちょ、ちょっと待って」

頭上で上がった慌てたような先輩の声に、ようやくそれが先輩の体だったことに気がついた。

頭では、いかん離れなければ、と思う。
だが俺の耳は主人公の悲鳴と、未だ鳴り止まないおどろおどろしい音楽を捉えている。それが鳴っている間は怖いシーンなわけで、つまり今離れるとそれが視界に入ってしまうわけで。

「せ、先輩、もうちょっとだけ」
「えっ、いや待て待て。この体勢はマズいって」
「お願いしますちょっとでいいですから!」
「う、うーん……」

焦ったような先輩の声にも、一体何がまずいのだろうかなどと考える余裕は俺にはないのだった。

「あー……じゃあ、本当にちょっとだけな」

うんうん、と無言で頷きながら、音楽がやんだのに気づいておそるおそる顔を上げてみる。
が、しかし。

「あ、今見るな」

先輩の制止もむなしく世にも恐ろしい場面をばっちり目にしてしまった俺は、あわや意識を飛ばしそうになりながら再び先輩の体にしがみついた。

「こ、怖い!」
「あーだから言ったろ」
「遅いですよ!」
「ったく……」

頭上の小さな呟きに、呆れさせてしまったかと一瞬肝が冷える。だが先輩は、予想に反して優しく俺の頭を抱えこんでくれた。

「分かった、大丈夫だからしばらくそうしとけ」
「す、すいません……」
「いいよ、気にすんな」
「どうも……」

我儘を言って迷惑をかけている、と思うと自分が情けなくもなる。
が、言われた通り気にしないことにした俺は、映画が終わるまでその後数十分、先輩に抱きしめられたまま(と考えると後で冷静になった時に恥ずかしさで爆発しそうになったが)過ごしたのだった。

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