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思えば今まで恋愛ごととは無縁で生きてきた。初恋とも言えないような淡い想いを抱いたことはあれど積極的に行動を起こしたことはないし、またその逆があった覚えもない。つまり他人に好きだと言われるのは初めてで、それがまさか今目の前にいる先輩だなんて。

暑い、と不意に思った。
それからそれが、気温の問題ではなく体調の問題だと気づいた。暑いのではなく、正確には顔が熱い。どうやら心拍数も上がっているようだし、つまり俺は緊張しているらしい。

「でもまあきっかけはそんな感じなんだけど、別に顔だけで好きって言ってるわけじゃなくて。話してみたら楽しかったし一緒にいたら落ち着くっていうか、安心した。大谷のことをもっと知りたいと思ったし、あそこで1人占めしてるような状況も嬉しかったけどもっと他の所でも一緒にいたいと思った。さすがに人目につくとこは立場上無理があるけど、でもまあ大体そんな感じ。です」
「……」

しかもそんなことまで言われたら、何と言うかやばい、照れる。初めて人に告白なんてものをされているからか、それとも相手が他ならぬ先輩なのか。自分でもよく分からないが、ともかく俺はこの先どうすればいいのだろう。返事をすればいいのか? しかし何と?
と、1人混乱する俺に、しかし先輩は続けた。

「でも別に付き合ってほしいとかそういうつもりじゃないんだ」
「え?」
「大谷の恋愛対象が女ってのは分かってるし、だから俺に、というか男にこんなこと言われても困るだろうし、俺としてはできればこれからも今まで通りに接してくれれば十分というか、つまり俺が大谷のことが嫌になって会いに行かなかったわけじゃなくて俺はむしろ会いたかったってことを分かってもらえれば……あ、いや、でももちろん大谷が気持ち悪くなければだけど、ただ前も言ったかもしれないけど無理矢理どうこうしようとかいう下心はないから、いやさっきあんなことしといて説得力ないかもしれないけど、でも本当にもしできれば今まで通り友達として」
「先輩」
「……! うん」
「あの……」

焦っているのだろうか、放っておいたらいつまでも喋り続けそうな先輩の言葉を遮ると、先輩はびくりと体を揺らして口をつぐんだ。だが、止めたはいいものの一体何を言えばいいのか分からない。じゃあそうしましょうと頷いてこのまま今まで通りの関係を続ければいいのか? それもどうも違うような気もするが、かと言って俺は先輩の気持ちに応えられるのだろうか。

確かに先輩は男で俺も男だが、先輩に好きだと言われて気持ち悪いとは思わない。むしろ、恥ずかしさもあるが嬉しいような気もするし、照れもある。だが、じゃあ俺も先輩を好きかと聞かれると、よく分からないとしか答えようがないのだ。そこにはもしかしたら性別よりも恋愛経験の無さが関係しているのかもしれないが、

「……」
「大谷?」
「ええと、あの」

言うべき言葉を見つけられないまま黙っていると、先輩が怪訝そうに首を傾げた。
どうすればいいのだろう。このままだと何か良くないことになってしまうような気がする。しかし何を言えば?

「あのな、無理しなくていいから。もう俺と一緒に居られないと思ったならはっきり言ってくれていいし……」
「違う! 違うんです」
「本当に? それなら嬉しいけど、でも」
「俺は……」

先輩の寂しげな苦笑が、俺の心にぐさりと刺さった。そんな顔をさせたいわけじゃなかった。だって俺は先輩に好きだと言われて気持ち悪いとは思わないし、むしろ嬉しいし、そもそも、

「俺、前先輩で抜いたんです」
「え?」
「先輩が俺にその気になるって言ったことあったじゃないですか。その日に俺、じゃあ俺は先輩にその気になるんだろうかと思って、それで試しに色々想像したらできて……」

視界の端に、ぽかんとした先輩の顔がうつって、そこで俺はようやく自分の暴走に気づいた。

「あっ、違う、待って、こんなことが言いたかったんじゃないんです。 ただ俺、うわ、これじゃ俺がただの変態じゃん……」
「あ、ああ、いや落ち着け。大丈夫だから」
「ごめんなさい本当にこんなこと言うつもりじゃなくて……すいません、引きましたよね」
「いや俺は嬉しいけど、あ、いやいや嬉しいっていうか」

嬉しいのか?
と顔を上げると、先輩は気まずそうな顔で目を逸らした。

「ええと、つまりどういうこと?」
「あ、俺が言いたかったのは……自分でもよく分からないんですけど」
「うん」
「……あの、本当によく分かんないんです。先輩のことが好きかって言うとでも男だしなあとも思うんですけど、でもさっき先輩が言ってくれたことはやっぱり、う、嬉しいというか、それにさっき俺が言ったその、あれもあるし。でもじゃあ好きなのかって言われるとやっぱりそれは分からないんですけど、でも今まで通りでって言われるとそれもなんか」

言葉にできない思いをそのまま吐き出しながら、ふと思う。これじゃ曖昧なままキープしようとしている性悪男のようだ、と。いかん、そんなつもりは微塵もないんだが。

「だから、ええと何だろう。俺先輩が急に来てくれなくなって寂しくて、でその間に周りに先輩のこと好きなんじゃないかとか言われたりもしたから色々考えてはみたんですけど結局結論が出なくて、というかそもそも恋愛経験がないから一体何をどう考えればいいのかさっぱり分からなくて」
「え、ないの?」
「残念ながら皆無ですけど……ちょっと先輩なんかニヤニヤしてません? まさか馬鹿にしてますか」

そりゃ先輩ほどイケメンならそんな機会は掃いて捨てるほどあったかもしれないが、なにせ俺なので縁遠くても仕方がないというか、いや自分で言うのもなんだが。

「いやいやしてないよ。ただ、ちょっと嬉しいなと思っただけ」
「嬉しい?」
「初めてが俺かもしれないわけだろ。そりゃ嬉しい……というか本気なの? 本気で俺のこと好き?」
「えっ、いやだからそれが分からないっていう話を今してるんですけど」
「分かってる、分かってるけどでも可能性があるってことだよな。どうでもいい相手だったら別に寂しくもないし悩んだりもしないだろ」
「そう、なんですかね」
「だと思うよ。すげえ、俺完全に諦めてたんだけど、マジかよ。こんなことってあるんだな」
「……いや、でもまだ分かんないし、あんまり期待されても、その、困るというか」
「うん、でも、あのさ」

嬉しそうな先輩の、満面の笑みがすぐ前に。
イケメンパワー半端ない、と目を逸らしかけた俺の顔を覗きこんで、先輩は言った。

「いくらでも待つから、だからもうちょっと俺のこと考えてみて」
「は、はい……」
「俺はずっと大谷のことが好きだから。だから、できれば俺のこと好きになってくれると嬉しいけど」
「……!」

至近距離で目を合わせて、はっきり紡がれた好きという言葉。
顔中に一瞬で熱が集まったのを自覚した俺は、恥ずかしさのあまりそれ以上何も言えなかった。

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