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「ごめんな、隠してて。つうか最初は隠してるつもりじゃなくて知ってるもんだと思いこんでたんだけど」
「ですよね、すいません俺が何も知らなかったから。それに、多分俺失礼なこといっぱい言って……」

前までもそうだが、さっきだってそうだ。気が動転していたとはいえ、本人を前に親衛隊がどうだの殿様のようだのなんとも失礼極まりない。
が、謝り返した俺に、先輩は俯いたまま首を振った。

「いや、俺のはただの言い訳だから。俺のこと知らないって気づいた時にちゃんと名乗るべきだった。でもそれで距離ができたらと思うと怖くて、つい」
「距離?」
「会長、というか生徒会役員ってだけで特別扱いとかされること多いから。だから最初に会った時な、大谷が俺に普通に接してくれたから嬉しかったんだよ。いいやつだなと思って、それで、でもただ俺のこと知らなかっただけだって分かって、親衛隊のこととかもあるしもし会うのやめようとか言われたらと思ったら、その、ごめん」
「いや、こちらこそご期待に添えなくてすいません。でも心配しなくても多分そんなこと言わなかったと思いますけど」
「だよな。そういう心配すること自体が大谷を信用してないようで失礼だとは思ったんだけど、でも……」
「でも?」

言葉を切った先輩は、何か悩むように額に手を当てて小さく唸る。
まだ何か隠していることがあるのだろうか。
ということはそんなに言いづらいことなのか。でも本当に心配しなくたって先輩の言うことで俺が怒ったりだとか、ましてや先輩と距離を置いたりなんかするはずがないのに。
だから続きを促すと、先輩は一瞬ぎゅっと目を閉じて、続けた。

「だよな、全部話すって言ったもんな。あのな、俺は、その」
「はい」
「す、」
「す?」
「好き、なんだよ、大谷のことが。それで、だから余計に不安だったって言うか……いや、これもやっぱり言い訳だけどさ」
「好き?」
「……うん。好き、です」
「好き……」

とは?
好き、って何だったっけ。
そうだ、つまり先輩は俺のことが、好き?

「あ、ああ、そうか後輩としてってことですよね。それなら俺だって先輩のこと」
「いや、違うそうじゃなくて、友達とか後輩としてじゃなくて、好きってのはつまり」
「つまり?」
「うん……大谷、ちょっとごめんな」

先輩の手が、そっと俺の腕に触れる。意図が分からないままぼんやりとそれを眺めていると、そのまま体ごと引き寄せられた。やんわりと抱き寄せられる体勢に、いつか転びそうになったところを支えてもらったことを思い出す。あの時は後ろからだったから今とは違うが、と考えているうちに先輩の顔が近づいてきて、それから、

「……こういう意味で、好き。分かる?」
「え……」

頬に触れたふにゃりと柔らかい感触は、多分先輩の唇だ。つまり小島の言葉を借りるなら『ほっぺにちゅー』だということで、ということは……?

「えっ?」
「うん」
「は!? 本気で言ってるんですか!?」
「うん。本気、だけど」

嘘だろ、だってそんな。
俺が先輩を、ならともかく、

「先輩が俺を? 何で!?」
「え、何でって? どこが好きかってこと?」
「というか、だって俺を好きになる要素なんかどこにもないし、えっいつから?」
「うーん、いつからっていうかその、一目惚れというか」
「一目惚れ? 俺に? それこそ何で?」

自慢じゃないが俺がわりと地味な外見をしている非イケメンであることは自覚しているし、一目惚れなんてしてもらえるようなような要素はどこにもないことも分かっている。かと言って性格だってとりたてていいわけでもないだろうし、そこを好きだと言われても何故としか言えないのだが。しかも、

「一目惚れってことは初めて会った時ってことですか? 俺、先輩を警戒してた覚えしかないんですけど」

先輩との初対面と言えば、やっぱり例のベンチで放課後の一服を楽しんでいた時だったのだ。そこに先輩が突然現れたものだから、まさか風紀委員ではあるまいなと警戒心剥き出しだったはずである。
が、俺の疑問に先輩は、

「あ、いや実はその時じゃないんだけど」

と首を振った。
おや?

「その前にどこかで会いましたっけ?」
「直接会ったわけじゃないんだけど……」
「えっ?」
「……いや、うん全部話すんだった。あのな、校内新聞ってあるの知ってる?」
「新聞? ああ、まあ存在くらいは」

確か不定期に掲示板に貼ってあったり配られたりするやつだ。新聞部だか同好会だかが発行しているはずだが、内容がやや下世話な、例えば学内の人気のある生徒や教師のゴシップや噂話の類が多いらしいと聞いたので、きちんと目を通したことはない。しかしそれが俺にどう関係するのだろう、と訝しみながら頷くと、先輩も小さく頷いて続けた。

「それがな、毎年入学式前に外部生の、なんていうかな紹介記事を書くんだよ」
「紹介記事?」
「そう。写真とか、簡単なプロフィールとか。それで初めて見て、それで……」
「えっまさか写真で?」

ということは先輩は俺の顔が好きなのだろうか。なんともまあ、奇特な趣味の持ち主だというか何というか。

「そう、それで会いたいと思ったんだけど、でも突然教室とかに押しかけても驚くだろうし、騒ぎになったらまずいし、どうしようか困ってて」

それは確かにそうだ。
なにせ先輩は人気者の生徒会長なわけで、人前でアプローチされでもしたら親衛隊あたりにそれこそ駆除されかねない。

「それに寮からの行き帰りとか教室移動の時とかも見かけなかったし、食堂にも来てなかっただろ。で、困ってた時に大谷が森に入っていくのを偶然見つけて、それでつい」
「追いかけてきたんですか?」

言い淀む先輩の様子に、もしかしてと後を引き継ぐと、先輩は眉を寄せて小さく頷いた。

「そう、ストーカーみたいだよな。つうかそのものだよな。ごめん、自分でも気持ち悪いとは思ったんだけど」
「いや……」

別に気持ち悪いとは思わないが、なるほどそれで先輩があんな場所に突然現れた謎は解けた。写真で見つけて、俺を探して、俺に会うために。
緊張しているのか、体を強張らせたまま俺の反応を待っている先輩にこっそり視線を向けてみる。
この人が俺のことを好きだなんて。改めてそう考えてみると、一瞬で驚くほど室内の温度が上がったような気がした。

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