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体温の高い腕の中で硬直した俺の耳元で、先輩はごめん、と呟いた。

「違うんだ、全部俺が悪かった」
「何がですか……」

返した言葉はひどく掠れた。
どうして、何で来てくれたんだろう。
俺のせいだ。俺が泣いたりなんかしたから。

「会いたくなかったんじゃなくて、ごめん、俺が嘘ついてたのがいけないんだ」
「……嘘?」
「うん、嘘というか隠してたことがあって。ごめんな、全部話すから。聞いたら怒るかもしれないけど」
「……」

嘘だとか、隠してたことだとか、しかも俺が聞いたら怒るかもしれないようなこと?
内容は見当もつかないが、その場しのぎの気休めを言っている口調ではないような気もする。そうだとすれば、俺に会いたくなかったわけではないというのは本当なのだろうか。

「でももう全部話すから。だから、頼むからもう泣かないで」

どこか切羽詰まったような、しかし腹を括ったような真摯な言葉。黙ったまま頷くと、ほっとしたように眉を下げた先輩は、弱々しく微笑んで俺の目元をそっと指先で拭った。





「……まず」

追いかけてきた慎二さんに促されるまま、俺と先輩は共同スペースのソファーにお邪魔した。向かい合わせのベンチで会っていた頃とは違って、今日は隣同士。副会長が淹れてくれた紅茶のカップを手の中でもてあそんでいた先輩は、2人が慎二さんの部屋に引き上げた後、気まずそうに切り出した。

「俺が最近会いに行かなかった理由だけど」
「はい」
「何というか、その、忙しくて。仕事が」

言いにくそうに言葉を切りながら話し出した先輩は、さながら妻に不在を責められる夫のようだ。じゃあなんだ、俺のポジションは妻か? そんな馬鹿な、いや先輩が仕事だなんて言うからいけない。

「仕事って? バイトか何かですか?」
「いや、あの」

一度言葉を切った先輩は、おそるおそる、といった風に俺を見た。俺が怒るかもしれないと心配しているのだろうか。だが、先輩に何を言われても自分が怒る想像はできない。だから安心して話してほしいという意味をこめて頷き促すと、先輩は意を決したように頷きを返してくれた。
そして、

「仕事ってのは、生徒会の。西園寺がさ、今あいつ高槻につきっきりだろ。それから北条と咲本……って言っても知らないか、書記と会計だけど、その2人もサボってるんだよな、今。あいつらも高槻に惚れてんのか単に便乗して遊んでんのかは分かんないけど」
「……生徒会?」
「そう。とりあえず西園寺は今週中にはケリつけて戻ってくるって言ってたからもうすぐ楽になるとは思うんだけど。でも全員分の仕事してるとやっぱきつくてさ、全然終わらないし、連絡しようにも連絡先聞いてなかったからできなくて」

やっぱり少し緊張しているんだろうか、一旦話し出した先輩はやけにぺらぺらと言葉を紡ぎながら、俺の顔色を窺うような視線を向けてくる。
かといって別に怒るような内容でもないはずだが、しかし気になることが一つ。小島が言っていた、副会長達がもし会長に仕事を押し付けて遊んでいるんだとしたら、というあれだ。

「先輩が西園寺さん達の代わりに生徒会の仕事してるってことですか?」
「うん、まあそういうこと」
「じゃあ会長は?」
「ん?」
「噂では生徒会長が仕事してるって聞いたんですけど。会長はどこで何してるんですか?」
「ええと……」

理由はよく分からないが実際は先輩が働いているということは、副会長達だけでなく生徒会長も仕事をしていないということだ、けしからん、と思ったのだが。俺の言葉に先輩は微妙な表情をしてみせ、それから小さな声でぽつりと呟いた。

「……おれ」
「?」
「俺が、生徒会長なんだけど……」
「……」

一瞬何を言われたか分からなかった。
だってこの学園の生徒会長といえば、

「あの妙なランキングで1位の?」
「え、ああ、まあ確かに妙だな」
「過激派のファンが大勢いる?」
「過激派、なのかな。いい奴らなんだけどなあ」
「将軍か殿様のような?」
「それは誤解、というか何というか、とりあえず大谷と知り合ってからは疚しいことは何一つないから」
「生徒会長……? 先輩が……?」
「そう、です」

なるほどそれならば話は分かる。副会長を含めさっきのイケメン3人衆が仕事をしていない分の割を食っていた不憫な生徒会長というのが実は先輩のことで、だから放課後俺と呑気に過ごしていた暇がなくなったということだ。
ついでに言えば、以前俺が生徒会の人達の顔を知らないと言った時の先輩の驚きもそのせいで、その後食堂に見に行こうかなと言った俺を止めたのも同じ理由だったのだろう。生徒会の人達と仲が良さそうな口ぶりだったのも当然だ。そして、そういえばあの時先輩は、生徒会役員は4人いるはずなのにそのうち3人についてしか言及しなかった。その時は特に違和感も感じなかったけれど、なるほど今考えれば残る1人は自分だったということなのか。

そう考えれば、確かに色々と全て納得できる。納得はできるが、しかし驚いた。俺のような何も知らない外部生にも気さくに接してくれた、のほほんとして優しい先輩が、まさか学園一有名な生徒会長だったとは。
二の句を告げずにいる俺の驚きをどう思ったのか、唇を噛んで悲痛な顔をした先輩は、突然がばりと頭を下げた。

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