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「あーくっそ、なんであいつあんな所まで見回りなんか来るかなー!」

ぶつぶつとぼやく慎二さんは、ぼすっと鈍い音を立ててクッションを叩いた。柔らかそうなそれがぐにゃりとひしゃげ、同時に派手にほこりが舞う。だが、掃除が行き届いていなさそうな部屋の様子はともかく、俺の視線は部屋中を埋め尽くすラビ夫グッズに釘付けだった。

「ほんとあいつ会う度ぐちぐち嫌味言ってくるしさあ、つーかいつも訳わかんねぇことばっか言ってるし、マジ腹立つわー」

あいつ、というのはもちろん風紀委員長のこと。あの後委員長に出くわさないようにひやひやしながら移動した俺たちは、現在寮の慎二さんの部屋に場所を移している。そして俺はそこで大量のラビ夫達に出会ったというわけだった。

通年購入できる定番グッズから季節や行事ごとの限定グッズ、果ては例のTシャツを含めたレア物まで、数えきれないほどのラビ夫達が所狭しと並ぶこの部屋は、紛れもなく壮観である。羨望の眼差しでぼんやりと部屋を見回していた俺の視界の隅で、慎二さんは再び、握りしめたクッションに拳をめりこませた。もしやそれを風紀委員長に見たててでもいるのだろうか。

「あーあ、あそこも人来なくていい場所だったのになあ。もう行けねえじゃん」
「……」

自分が夢のような部屋にいることさえ一瞬忘れさせてしまうようなその一言。
ですよね、と小さく同意を返すと、ベッドに横になっていた慎二さんは、ん?と首を傾げて床にいる俺の顔を覗きこんできた。

「どした、やけに元気ねえな」
「いや、別にそんなことはないですけど」
「嘘つけ。もしかしてなんか思い出の場所だったりした?」

思い出。
そうなのだろうか、あれは、先輩がいたあの短い期間は、もう思い出と呼ぶべきものなのだろうか。

つい黙りこむと、不意に後ろから腕が回ってきた。とはいえ別に抱きしめるとかそういう類のことではなく、

「うっ、ぐ、……ちょっ、痛い、ギブ」

いわゆるヘッドロックである。呻く俺を見て、にしし、と笑った慎二さんが、俺をベッドに引っ張りあげる。

「何するんですか、もう」
「だーって宏樹がやけに辛気くさい顔してっからさあ。なに、悩みがあるなら言ってみ? 優しい俺が聞いてやるよ」
「別にないですって」
「何だよ水くせえなー、何かあんならマジで言えって。まあいいアドバイスできっかは分からんけどさ、話すだけで楽になったりするって言うじゃん?」
「……」

優しげな言葉とは裏腹に、いかにも興味津々です、といった風の慎二さんを、俺は痛む首すじをさすりながら横目でちらりと睨んだ。





先輩の話をするのは、同室者小島と姉の麻衣ちゃんを含めて3人目だ。だから今回は、前回や前々回よりも短く簡潔に話すことができたと思う。別に面白い話じゃないですけど、と前置きした話をふむふむと聞いていた慎二さんは、俺が話し終わると、ふーん、と唸った。

「ね、別に面白い話じゃなかったでしょ」
「いや? 面白かったよ」
「え、どこがですか?」
「つまり宏樹はそいつのことが好きなんだろ?」
「は?」

それって、

「……なんで麻衣ちゃんと同じこと言うんですか? 俺別にそういうつもりじゃないんですけど」
「マジ? 麻衣ちゃんが言うならやっぱそうなんじゃね?」

一体麻衣ちゃんの何を知ってそんなことを?

「いや本当に違うんですって」
「違わねえって」
「だって先輩男だし」
「言い張るなー。宏樹に言わせりゃ俺は美波のこと好きなんだろ? じゃあ宏樹もそいつのこと好きでいいじゃん」
「それとこれとは全然別じゃないですか」
「じゃあそいつにムラムラしたりしねえの? ほっぺにちゅーしてって言われたら断る?」
「う……」

俺が悩んでいたのは、実はこのことだ。慎二さんの話を聞いて自分に置き換えた時に、このことを考えた。だからわざわざ小島や安田や上野に聞き回ったのだ。もっとも結論らしきものはまだ出ていなかったのだが。

「なんだよ、やっぱ好きなんじゃん」
「……違います」

だからと言って好きと言い切るのにも躊躇いが残る。それは性別のこともそうだが、それに、

「どっちにしろ先輩はもう来てくんないし……」

結局はこれ。
担任にそれとなく確かめてみたところ、現在怪我や病気で入院していたり長期欠席している生徒はいないという。ということはやっぱり、先輩は自分の意思で来ないということで、つまり俺と一緒にいることに飽きてしまったということなのだ。だからもし俺が先輩を好きだとしたら、その瞬間に失恋が決定してしまう。そんなのはごめんだし、それならば好きじゃないと言い張ったほうがマシだ。

だが、そう主張した俺に、慎二さんは呆れたような顔をして言った。

「は? んなの分かんねーじゃん。のっぴきならない事情があって会いに来れないだけかもしんないし」
「のっぴきならない事情って。例えばどんな?」
「知らねーよ、俺はそいつじゃねーもん」
「まあ、そりゃそうですけど」
「だからさ、探してそれを確かめればいいじゃんか。どうにしろ借りてるもんもあるんだろ?」
「それもそうですけど……」

だが、会うのも怖い。
だってもし探し出せたとして、会って嫌な顔をされたとしたら?
もう会いたくなかったのに、とでも言われたら?

「暗っ! つうかネガティブ!」
「だって」
「だってじゃねぇだろ。ここでうじうじしててどうすんだよ。ばっと行って良けりゃそれでいいし、ダメならダメで次行きゃいいじゃん」
「ダメ……?」
「もしもの話! しゃんとしろよー。男だろ? チンコついてんだろ?」
「そりゃまあついてます、けど」
「よっし、じゃあ善は急げって言うしな! そいつ探すか!」

ばんっと音高く俺の背中を叩いた慎二さんは、勢いよく立ち上がって携帯を取り出した。楽しんでいる風がないでもないが、もしかしたら行動力のない俺はこのくらいぐいぐい引っ張ってもらうくらいでちょうどいいのかもしれない。
しかし、冷静になってみてふと思った。一体どんな発破のかけ方なんだ、と。

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