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「すいませんでした、まさか彼氏できてるなんて思わなくて」

その日の放課後慎二さんに頭を下げたのは、麻衣ちゃんを紹介しようとしていた件のことだ。いいよいいよ気にすんな、と笑って済ませてくれた慎二さんは、しかしふと遠い目をしてため息をついた。

「どうかしました?」
「あのさあ、宏樹さあ……」
「はい」
「男同士ってどう思う?」
「……」

思いつめたような顔で呟く慎二さんは、相当フラストレーションだか欲求だかが溜まっているんだろうか。

「また血迷いかけてるんですか?」
「そう、いや、つーか告られてさあ、昨日。ここのやつに」
「はあ、それは……おめでとうございます?」

なんだかさっき聞いた話のようだが、もしかしてそういう季節なのだろうか。しかし何と返せばいいかわからずとりあえずそう言うと、慎二さんはがくりとうなだれて自分の髪をぐしゃっとかき回した。
しまった、また反応を間違えたのか?

「めでたかねーよ別に! そのせいで血迷ってんだもんよー!」
「ってことは付き合い始めたんですか?」
「いやさすがに付き合ってはねえけどさあ、男相手に勃つかもわかんなかったし」
「え、そこですか」
「大事だろそこも! つーかそこが一番大事だろ!」

そうなのか?
正直俺には分からないが、しかし慎二さんの勢いのある熱弁を聞くとそんな気がしてくるから不思議だ。

「じゃあ断ったんですか?」
「いや、一応保留中……」
「へえ」
「でな、昨日そいつで勃つんかなと思って試しに抜いてみたんだけどさ」
「はあ」

これもどこかで聞いたような話だ。
……いや、俺か。

「そしたら何の問題もなく抜けっからさ、どうしようかと思って……宏樹どう思う?」
「どうとは?」
「これって恋かな?」
「はい?」

自分の過去のあやまちを思い出すようでどうも気恥ずかしかったが、しかし最後の言葉だけは聞き流せなかった。
だって、

「別に抜けたからって恋とは限らないでしょ」

そうでないと俺まで困ったことになってしまう。
が、慎二さんにも譲る気はなかったらしい。

「でもさあ、誰でもいいわけじゃねえじゃんか。何とも思ってないやつじゃ抜けなくねえ?」
「そうかもしれませんけど……あ、でもそしたらAVとかどうなるんですか」
「それはまた別問題だろ、ただの友達とかで抜けんのかって話。まあそいつも男にしちゃ美人だからそのせいもあんのかなとは思ったりもすんだけど……あ、宏樹知ってるよな、美波のこと」
「ミナミ?」
「ほら、あいつ。こん前食堂で会わせたじゃん、眼鏡の、ああそうだ生徒会の副会長」

会ったと言っても一瞬だったしイケメンが3人いたことしか覚えていないのだが、しかし副会長と言えばまさか、

「西園寺さんって人ですか?」
「あーそうそう、そんな名字だった」
「……告白されたんですか?」
「え? うん、そう言ってんじゃん」

そのまさかだった。
あわれ、小島。

「でさあ、どう思う? 宏樹もあいつなら反応しそう?」
「いやあ、しないんじゃないですかね」
「マジで? やっぱ俺美波のこと好きんなっちゃったのかなあ……。現に試しに宏樹のこと考えてみても別に反応しなかったし」
「ちょっ、何してくれてんですか!」
「いーじゃんか、反応しなかったんだし」

そういう問題ではない。男にそういう目的で使われかけたのかと思うと、さすがに寒気がする。先輩ならまだしも、……いや、そう思う自分もどうかとは思うが。しかも前科のある俺が人に言えたことでもないのだが。

と、ぐるぐる悩む俺と、何やら考えこむようにため息をつく慎二さんの間には、しばし沈黙が流れた。その沈黙を破って、唐突に慎二さんの携帯が着信音を鳴らす。ちらりと画面を確かめた慎二さんはにわかにそわそわし始め、おもむろに携帯を俺に向けてきた。

「ど、どどど、どうしよう、出た方がいいと思う?」

目の前にかざされた液晶には、『美波』の文字。誰だよ、と思いかけて気づく。副会長の名前の変換は『南』ではなかったらしい。
しかし、それにしても。

「出ればいいじゃないですか」
「だって何喋ればいいんだよ、昨日お前でイけたぜ! とか言うの?」
「そんな正直に言わなくても、というか何か用事があるんじゃないんですか? 出てあげればいいじゃないですか」

そう言ってもまだ何やらもじもじとしている慎二さんは、ついに鳴り続ける携帯を握りしめて固まってしまった。
最近女としてないし、とかなんとか言っていたから慣れているのかと思いきや、意外に初心なのかもしれない。もしくは男に告白されるのは初めてだろうから仕方ないのかもしれないが、それにしたって意識しすぎじゃなかろうか。一体何を考えているのか顔もほんのり赤いし、これはもう体がどうこう以前の問題のような気もする。

「やっぱり好きなんじゃないですか?」

ついつい苦笑しながらそう尋ねると、慎二さんはふらりと立ち上がった。

「いや、ままままさかそんなはずは、男だぞ 、男、美波は男……」

何となく気持ちは分かるような気はしないでもないが、無駄な努力にも思える。が、自分に言い聞かせるようにぶつぶつと呟く慎二さんの頭の中には、もう俺のことはなかったらしい。そのままふらりと去って行く背中を見送りながら、1人になった俺はちらりと思った。やっぱり相手が男だろうがなんだろうが、恋愛しているだけでうらやましいかもな、と。

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