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副会長が慎二さんに告白したという件について、当然ながら俺は小島に話すつもりはなかった。
だが俺が話すまでもなく、その事件は翌日には校内では周知の事実となっていたのだった。というのも、聞いたところによると副会長は食堂の真ん中という公衆の面前での公開告白に踏み切ったらしいのだ。勇気があると言えばいいのか、はたまた考えなしで勢いのみの行動だったのか、もしくは慎二さんの周りや自分の親衛隊への牽制も兼ねていたりしたのだろうか。

どうにしろ、その夜の小島の荒れっぷりと言ったらただ事ではなかった。どこに隠し持っていたのか、焼酎の瓶を持ち出して呑んだくれ、果ては嫌いなはずの煙草までご所望というヤケっぷり。もっとも、俺が提供した煙草は、たった一口吸われただけで「まずっ!」と捨てられるという可哀想な運命をたどったのだが。

「西園寺様が転入生に告白しただなんて……うう、もう世界なんか滅亡しちゃえばいいのに!」

ぐすぐすと目を真っ赤に泣き腫らした小島が、なんとも物騒なことを口にする。だが、荒れている小島の愚痴に水をさしてはいけないのは慎二さんが転入してきた当初に学習済み。そうだな、と曖昧に頷きを返すと、小島はティッシュで派手に鼻をかんでから食卓テーブルに突っ伏した。

「転入生オッケーすると思う……?」
「うーん、どうだろうなあ」

なにぶん慎二さんと会っているのは小島には秘密なので、どうにもフォローできない。というか、あの様子では副会長におちるのも時間の問題のような気もするので、フォローしようにもしようがない。
困ったまま黙り込む俺だったが、小島は俺の反応はどうでもよかったのだろう。新たに流れだしたらしい涙でテーブルを濡らしながら、死にそうな声で呟いた。

「しないわけないよね……だって西園寺様だもん……」
「うーんそれは分かんないけど」
「っていうか西園寺様を振るとか何様って感じだし。もし悲しませたりなんかしたら呪ってやる……」
「……」

おそらく慎二さんが副会長と付き合おうが断ろうが気に食わないのだろう。恋する乙女心、もとい男心もなかなか複雑らしい。

「ああ、でも西園寺様と転入生が付き合い出しちゃったりしたら……これ以上目の前でイチャイチャされでもしたら僕もう耐えられる自信がない……」
「え、そんなイチャイチャしてんの」
「してる……なんかボディータッチ激しいし……この前なんかほっぺにチューとかしてたし……」
「副会長が?」
「ううん、転入生が」
「えっ?」
「マジで爆発しろあいつ!」

小島の物騒な発言はさておき、一体何をしてるんだあの人は。おちるのは時間の問題どころか、既に完全に惚れているのでは。

うーん、と腕を組む俺の目の前で、小島はテーブルに横向きに突っ伏したまま携帯をいじりだした。西園寺様……と切なげに呟いているあたり、どうやら画像でも見ているようだ。
ふと思い立って覗きこんでみると、案の定画面には眼鏡をかけた男が写っている。確かに美人と言われれば頷けるような、綺麗な容姿をしているようだ。しかも体育前の着替えでも隠し撮りしたのだろうか、服が半分以上はだけた格好は見る人が見ればセクシーショットと言えなくもなさそうである。
写真の入手経路はさておくとしても、だからと言って別に慎二さんの言うようにムラムラするわけではないが、

「あ、そういえば」

はたと思い出して声を上げると、小島は面倒くさそうに視線だけを動かして俺を見た。

「何?」
「小島さあ、副会長で抜ける?」
「は?」
「あ、いや、何というか……性欲と恋愛の関係についての考察中というか」

慎二さんの話はできないので曖昧にごまかすと、冷たい目をした小島にばしんと腕をはたかれた。

「いてっ、何だよ」
「下品!」
「えっ、あ、ああ、ごめん」
「西園寺様をそんな目で見るなんてけがらわしい! 最低!」
「いや、俺じゃない、俺じゃないって!」
「じゃあ誰!」
「あ、いや誰とかじゃないけど……まあ、うん、じゃあ小島は『性欲は恋愛とは別』派ということで」
「別な訳ないでしょ馬鹿じゃないの! そんなふしだらな!」
「えっ」

今度は拳で胸の辺りを殴られた。立派な胸板があるわけでもないから普通に痛い。
よし分かった、話を変えよう。

「あーっと、じゃあ、あー、あ、どうなのその後生徒会の方は」
「知らないよ  西園寺様なんかリコールされちゃえばいいんだ!」
「え、いいの?」
「何言ってんの! いいわけないじゃん!」
「……」

なるほど。ようやく気づいたが、どうやら小島は完全に悪酔いしているらしい。
そう思って観察すれば、確かに顔は真っ赤だし微妙にろれつも回っていないし、言っていることもめちゃくちゃだ。しかも、感情が昂りでもしたのか、火のついたように泣き喚き始めてしまった。

これは隣部屋に迷惑になりかねないな、と小島を適当になだめすかして寝かしつけた俺は、それから少しだけ、慎二さんと副会長の恋愛の犠牲になっているかもしれない不憫な生徒会長のことを少しだけ考えた。
といっても相変わらず顔も知らない人なのではあるが。


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