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「あのさあ、俺さあ」

と、外部生仲間の1人、上野が話し出したのは、俺が麻衣ちゃんと電話で話した翌日のこと。
相談がある、と同じく外部生仲間の安田共々昼休みに呼び出され、中庭で3人弁当をつついていた時だった。

「俺もしかしたらここに染まっちゃったのかもしんない……」
「は どういう意味で?」
「部活の先輩に、告られて……」

確か上野はバスケ部だかサッカー部だかに入部したはずだ。外の学校ならば女子に人気が出そうな部活だし、上野自身短髪でわりとたくましい体型の爽やかな男なのでモテそうではあるが、なるほどこの学園では部活内恋愛に発展するらしい。

と1人妙な納得を覚えていると、右隣でパンをかじっていた安田が驚いたように声を上げた。

「えっ! マジ!?」
「マジ……それで、俺、と、ときめいちゃって……」

手で顔を覆ってがくりとうなだれた上野を前に、俺と安田は無言で顔を見合わせた。入学当初、この学園に同性間での恋愛が席巻していることを知って3人で思わず眉をひそめてしまったのはまず記憶に新しい。それからまだたった2ヶ月程度なのに、と思いきや。

「あのさあ、俺実は」

片手を軽く挙げてみせた安田が、気まずそうに重たげな口を開く。

「既に彼氏いるんだけども……」
「……」

今度は俺と上野が顔を見合わせる番だった。はたと顔を上げた上野は、間の抜けた顔で俺を見た後、安田に視線を移し、力の限り「ええええっ!」と叫んだ。

「何!? 何で!? いつの間に!?」
「し、4月に」
「うええっ? そんな前から!? 誰? 誰と付き合ってんの!?」
「同室者と……」

スポーツマン上野とは対照的に、安田は全体的にふわふわとした雰囲気の優男である。穏やかで優しげな雰囲気は上野とはまた違った意味で女の子に人気が出そうでもあるが、やっぱりここでは男人気につながるのかもしれない。

「あの、一目惚れしたって告白、っていうかまあ、されて、それでなんやかんやあって、うん」

つっかえつっかえどもりながらの話し方は上野に似ているが、違うのは青ざめていた上野に比べて安田は照れるように赤くなっていること。なんだかんだ言って幸せなのだろう、と羨ましくもなる。相手はできるならば異性がいいが、それはそれとして恋愛ごとに縁があるだけでも羨ましいと思ってしまうのは、おそらく高校生男子としては仕方ないだろう、多分。
多分上野もそうだったのだろう、感心したような目つきで安田を見ながら、悩ましげなため息をつく。

「そっか、そっかあ……。俺先輩に告られてうっかりときめいちゃった時さ、やべえって思ったけど。でもやっぱ染まる時は染まるもんなんだなー」

何やら吹っ切れたのだろうか、上野は、いやー仲間がいて良かった、と呑気に笑う。
安田も応えて、いつ話そうか悩んでたんだけどやっと言えたと肩の荷を下ろして笑う。

が、俺はと言えばそんな2人をぽかんと眺めているのみだった。
だってそうだろう、約2ヶ月前には共に学園内に男しかいないことを嘆き、普段外出許可が滅多に出ないことに愚痴を言い、そして同性愛のあまりの普及っぷりに慄いた仲間だったはずだ。それなのに、今となってはかたや部活の先輩にときめき、かたや同室者と恋愛関係を築いているという。これを驚きと言わずして何というのか。

しかし、かといって別に同性に恋愛感情を抱いているという2人に対して嫌悪感があるわけではない。同性愛に耐性がついたというのも勿論あるだろうが、友達に彼女がいようが彼氏がいようが特に大きな問題ではないとも思う。ただし、自分に関してはその限りではないのだが。
という俺の思いを知ってか知らずか、憑き物の落ちたような顔で大盛りカツ重をかきこみはじめた上野は、俺に話を振ってきた。

「なあ、大谷は? 実は誰かいたりしないの?」
「いねーよ」

勿論即答である。友人の恋愛への理解と自分の恋愛は、また別の問題なのだ。
だが、上野はそれでは納得しなかったらしい。爽やかな顔をにやにやと崩す。

「隠さなくてもいーって! なんかあるっしょ」
「なんかって何だよ」
「ほら、告ったとか告られたとか」
「ねえよ、そんな浮いた話」
「じゃあ誰か見たらドキドキするとか、あ、あとは男で抜いちゃったとか!」
「ぶっ!」

あっけらかんと言い放った上野の言葉に、俺は口からコーヒーを噴射した。その勢いの良さは、昨日慎二さんに問題発言をされた時の比ではない。「危なっ!」と危ういところで避けた安田に謝りながらもむせ続ける俺を見て、上野はいっそう顔をにやけさせた。

「マジで? 図星? 図星だろ、なー」
「うるっせーな、ちげーよ!」
「うっそ、うはは、分かりやすい!」
「違うって! あれはただの気の迷いっていうか、……」

そうあれは、先輩のことを考えて致してしまったのは、ただの深夜の妙なテンションと気の迷いのせいであって決して本意ではなくて、と内心言い訳しながら、はたと口を閉じる。もしかしたら俺は墓穴を掘ったのではなかろうか。
おそるおそる視線を向ければ、安田は苦笑い、上野に至っては腹を抱えて爆笑していた。

「認めた! マジかよー!」
「みっ、認めてない!」
「認めたじゃん! な、安田も聞いたよな?」
「聞いた。認めたな」
「……」

無言で頭を抱える俺に、上野は未だ笑いながら追い打ちをかけてくる。

「相手誰? 何て人?」
「知らねーよ……」
「何だよー水くせーなあ。俺らの仲じゃん」
「……」

しかししらばっくれているわけではなく、本当に知らないものは知らないのだ。それに胸がちくんと痛んだところで、タイミングよく予鈴が鳴る。
諦め悪く追求してくる上野を適当にあしらいつつ3人で教室に向かう間中、俺の目は無意識のうちにうろうろと辺りをさまよっていた。

「あーもう、昼休み短いなあ。今度絶対誰か教えてな!」
「あー、はいはい気が向いたらな」
「早く向かせて! 安田も聞きたいよな?」
「うん、可愛い系の人?」
「んー、うーん、さあなあ…」

やや上の空で探すのは、可愛いというよりも格好いいという言葉の方が相応しい、背の高い人。
だが、残念ながらと言うべきか当然と言うべきか、廊下に先輩の姿はなかった。

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