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7人いる姉のうち俺が一番仲がいいのは、上から6番目の姉、麻衣ちゃんである。
年齢が近いのはその下の美衣姉だが、金髪で派手な化粧をし制服のスカートは下着が見えそうなほど短い、所謂ギャルと言ってもいいような彼女は、俺とは完全に別世界の人間である。反対に上の姉達は年が離れすぎているうえ弟を体のいいパシリとしか認識していない。
自然、俺が安心して心を許せるのはおっとりして優しい麻衣ちゃんだけなのだった。

だがその安心感は、今回ばかりはどうも考えものだった。
その夜慎二さんのことを話すつもりで麻衣ちゃんに電話をかけた俺は、ふと気がつけば本題そっちのけで先輩の話をしていたのだ。聞き手が俺の話を引き出すのが上手だったのもいけない。抜群のタイミングで相づちをうちながら俺の話をすべて聞き出した麻衣ちゃんは、ふと感心したように小さく息をついた。

『そうかあ、ヒロくんはその先輩のことが好きなんだね』
「え?」
『そういうことじゃないの? 先輩に会えなくて寂しいし、また会いたいんでしょう?』
「それは、まあそうだけど……」

言われていることは正しいのだが、どうも釈然としない気持ちが残る。なぜだろう、と首を捻ったところで、携帯の向こうの麻衣ちゃんはやや声のトーンを上げた。

『私もね、実はこの間彼氏ができたの』
「……ん? あ、そうなんだ。おめでとう」
『同じサークルの人でね、すごく優しい人なの。あ、今度家に連れてくるからヒロくんにも会ってほしいな。夏休みにでも』
「ああ、うん。それは構わないけど」

麻衣ちゃんが幸せそうなのは嬉しいが、大勢の姉達の前でさらし者にされて盛大にからかわれるだろう彼氏のことを考えると、少なからず不憫だ。そして、がっかりするだろう慎二さんのことも。
しかしなぜこの流れでその話を? と再び首を捻った俺は、そこでようやく先の麻衣ちゃんの言葉が釈然としなかった理由に気がついた。
すなわち、

『私恋愛とか初めてなんだけど、でもすごく幸せだなって思うの。だからヒロくんもがんばってね!』

この、麻衣ちゃんの言う「好き」のニュアンスだ。
確かに好きか嫌いかと言えばもちろん俺は先輩のことが好きだが、それはつまり上級生としてというか、いわば友達としての「好き」である。対して麻衣ちゃんは、俺の先輩への気持ちを恋愛感情だと決めこんでいるらしい。
はて。俺が通っているのは男子校だということは知っていると思っていたのだが。

「あのさ、分かってるとは思うけど先輩って男なんだけど」
『あらいいじゃないそんなこと。恋に性別は関係ないと思うけど』
「……いや、関係ないことはないんじゃ」
『ヒロくんに彼氏ができたって別に誰も責めたりしないわよ』
「か、彼氏?」
『そりゃあお父さんなんかはちょっとびっくりはするかもしれないけど、でもちゃんと分かってくれると思うな。それに孫ならもう5人もいるしね』
「……」

別に俺は先輩に恋愛感情を抱いているわけではないと思うんだが。そりゃあ今まで女の子と付き合ったことがあるわけではないがおそらく恋愛対象は異性だろうし、今は無理だとしてもできることなら将来は普通に可愛い彼女が欲しい。決して、自分より背が高くてイケメンの彼氏ではなくて。

「……あのね、麻衣ちゃん」
『ヒロくん、親衛隊なんかに負けちゃだめだよ! 自分の気持ちには素直にならなくちゃ』
「え、あの」
『いくら生徒数が多いって言っても、1学年たかだか10クラスでしょ? 探せない数じゃないと思うな』
「いや、ええと」
『じゃなきゃ後悔するよ、きっと。このまま中途半端にお別れしちゃっていいの?』
「え……」

思いこんだら一直線、おっとりしていながらもたまに頑固な麻衣ちゃんは、俺の言葉も聞かずにひたすら突き進む。
それを呆気にとられて聞いていた俺だったが、しかし最後の言葉がぐさりと来たのは事実だった。
このまま会えなくてもいいのか、何も分からないまま終わってしまって、それではたして後悔しないのか。

『ね? だからがんばんなよ』
「うん……」

ぼんやりと呟いた俺は、無意識のうちに2、3言葉を交わした後電話を切った。ぼんやりしながら麻衣ちゃんに彼氏ができていた旨を慎二さんに連絡し、やはりぼんやりしたままベッドに潜り込む。そして、そのまま電気も消さずに眠りについた。

先輩に対する気持ちが恋愛感情ではないと否定しそびれたことに気がついたのは、翌朝目が覚めてからだった。

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