▼ 6

先輩に会わなくなって2週間目。
もしかしたら今日こそは、という淡い期待は、残念ながら毎回裏切られている。

が、それでも未練がましく通っているベンチには、代わりに慎二さんが顔を出すようになった。
気さくで明るい彼は着々と友人を増やしているらしく、来てもすぐに誰かに呼び出されて帰ってしまうが、欠かさず毎日顔を出しては何か面白い話をしてくれたり俺の持っていないラビ夫グッズを見せびらかしたりしていく。
たとえごく短時間でも、その数分が俺の気晴らしになっているのは間違いなかった。

さて、その日の俺は珍しく文庫本を広げていた。タイトルは例の『マントヒヒ殺人事件』、数日前にネット通販で購入したものである。別にわざわざ探していたわけではないがたまたま見つけ、あ、と思った時には既に手が注文していた。何を馬鹿なことを、と思わないではなかったが、届いてしまったものは仕方がないのでそのうち読もうと鞄に放り込んでいたのだった。

数ページ進んだ所でやってきた慎二さんは、本のタイトルを見るなり案の定爆笑した。
そしてひとしきり笑った後、珍しくため息をついたのである。曰く、

「なあ、なんでここ女が1人もいねぇんだろうなー」

と。
何で、と言われても。

「男子校だからじゃないですか?」
「そりゃそうなんだけど俺さあ今日夢精しそうになっちゃってさあ」
「はい? 何ですか急に」
「だってもう女と半月近くヤってないしさあ。宏樹どうしてんの?」
「どうと言われましても」
「あーもうこんままじゃ男に走りかねないんだけど、俺。なあ、女紹介してくんね?」
「そう言われましても……」

ついぐるりと見渡してはみたが、女の子どころか人っ子一人いない。というか例え俺が誰か紹介したとしても、せめて夏休みになるまではどうしようもないのでは。

「俺さあ年上好きなんだよね、実は。宏樹姉ちゃんとかいねぇの?」
「まあいますよ、一応」
「マジで!? どんな? 可愛い?」
「うーん、派手なのから地味なのまでいるにはいますけど。でも基本パーツは皆俺と一緒です」
「……ふむ」

くわえ煙草で腕を組んだ慎二さんが、真剣な眼差しで俺の顔をまじまじと覗きこむ。
そんなに見つめられると穴が空きそうなんだが。

「うん、悪くないな」
「……え、本気ですか? 俺ですよ?」
「いや、むしろいいな! その気の強そうな目がいいわ。宏樹にチンコついてなけりゃなあ」
「ぶっ! 何さらっと危ない言ってるんですか!」

危うくコーヒーにむせるところだった。
というかちょっと噴いた。

「……な、危ねぇだろ俺。だから頼むよマジで。派手なのよりは、なんかこう、一見真面目そうなのがいいな。優等生っぽいんだけど夜はちょっとエロいみたいのが理想!」
「……」

うなだれたままの慎二さんは、パン、と両手を合わせてますます頭を下げる。
そりゃまあ理想は自由だろうが。

「身内の性生活なんか知りませんよ。見た目が真面目そうなのなら麻衣ちゃんか夏子姉さんですけど」
「何歳?」
「麻衣ちゃんが今年20。夏子姉さんは……どうだろう、多分28くらい?」
「じゃあ麻衣ちゃんで!」

途端にうきうきと鼻歌を歌いだした慎二さんは、なぜか前髪を整え始めた。別に今ここに麻衣ちゃんを呼べるわけでもないのに。
というかはたしてこの、気はいいが底抜けに明るくノリの軽い人と、真面目で物静かで気の弱い麻衣ちゃんは気が合うのだろうか。
疑念は尽きなかったが、携帯で時間を確認した慎二さんが立ち上がったので「じゃあ一応話してみます」と話を終わらせる。
と、一旦帰りかけた彼は、途中でふと振り返った。

「ところで宏樹さあ、姉ちゃん何人いんの?」

肩をすくめた俺の返答はと言えば、

「内緒です」

先輩ならともかく、慎二さんが笑わないはずがない。

prev / next

[ back ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -