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ひとしきり笑って満足したらしい転入生の彼は、持っていたペットボトルの水で喉を潤した後、さて、と切り出した。

「お前1年だよな? 名前なんつうの? あ、俺高槻慎二っつうんだけど」
「え、あ、1年の大谷です」
「下の名前は?」
「宏樹です……」
「あーそう、宏樹ね。俺は慎二でいーよ。あ、連絡先教えて!」
「あ、はい」

言われるがままに携帯をポケットから取り出しながら、ふと妙な感心を覚えた。
俺にこの人の半分でも行動力と積極性があれば、今頃先輩がなぜ顔を見せてくれないのかとうだうだ悩むこともなかったんじゃなかろうか、と思ったのだ。
名前を知っていれば仮に先輩が体調を崩して入院でもしていたとしても噂や誰かに聞いて分かるだろうし、連絡先を知っていれば1本連絡を入れることだってできる。もし先輩にもう俺に会う気はなかったとしても、どうにしろいつかは借りた物を返さなければいけないわけだし。

連絡先を交換しながら考えこんでいると、俺の顔を覗きこんだ目の前の彼、慎二さんは怪訝そうに片眉を上げた。

「どうした。元気ねえな、今日」
「いや、まあ別にそんなことはないですけど」
「そ? ならいーけどさ。あ、あの友達のこと気にしてんの? んなのバレやしねえって。こんなとこ誰も来ないだろ」
「……ですよね。俺もそう思います」

実際、ここを見つけたのは俺を含めて3人目。先輩が来なくなってしまった今、確かにこんなところには俺くらいしか来ない。しかしなぜ慎二さんはこんな所にいるのだろうと思ったら、

「いやー探検ってやつ? こうも学校の敷地が広いとさー、なんつうか男の血が騒ぐよな!」
「え、ええと」
「あれ、騒がねえ? じゃあ宏樹はなんでこんな校舎からも寮からも遠いとこにいんだよ」
「俺は部屋で吸えないので。同室者が煙草嫌いで」
「あーなるほどな。それでわざわざこんな所まで来てんの? 1人で?」
「いや……」

1人ではなかった、ただし先週までは。だが、付き合いがまだ深い小島にならともかく、会って2回目の人に話すような内容でもない。
ので、話題を変えてみることにする。

「あ、そういえば何でこんな半端な時期に転入してきたんですか?」
「え! ははっ、なんだよ唐突に!」

それは百も承知だ。

「俺はまあ、うーん、話せば長いことながら……」
「あー話しにくいことなら別にいいんですけど」
「いや、余裕。あんな、俺の兄貴がこん前急に家出してさ」
「家出?」
「そう。俺はサーフィンに生きる! とかってそれこそ唐突に大学までやめちゃってさー」
「サーフィン……」
「バカだろー我が兄ながら! で、俺のオジサンがここの理事長なんだけどさ、兄貴が跡継ぐことに決まってたわけよ。うちのオッサンホモだから子どもいなくて。あ、ゲイっつうんだっけ?」
「へ、ああ、理事長が、えっ?」
「なわけで兄貴かトンズラしたから急遽俺に後釜が回ってきたってわけ。んで、将来理事長やんだからここ通っとけって家追ん出されてさー! あん時はびびったわマジで」
「はあ、なるほど……」
「まー別に将来のユメとかもなかったしいいっちゃいいんだけどな! よく分かんねーけどシューカツとかも結構ツラいっつうし、しかもこんな金持ち校なら食いっぱぐれもなさそうだし!」

明るい。底なしに明るすぎる。もし俺が突然他人から進路を決められたとしたら、そんな風にポジティブに考えられるのだろうか。
などと、俺には真似できないと思いながら一歩引いて聞いていたのだが、

「それにここも最初は男子校かよーとは思ったけどさ、しかもちょっと変わってっけど通ってみたらなかなか楽しいしな。やるからには制服にラビ夫マークを取り入れるくらいのことはやりたいよな!」
「えっ制服にラビ夫!? すげえ、最高じゃないですか!」
「おお! やっぱそう思う!?」
「思います! 激しく!」
「いーねーやっぱ分かってんな! よし、宏樹秘書やれ秘書! 2人でこの学園をラビ夫まみれにすんぞ!」
「はい!」

あっさり引き込まれ、気がつけば小島の忠告も無視して再び意気投合してしまったのだった。やっぱりラビ夫の魅力に勝るものはない。

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