▼ 05

「待って、行かないで。ごめん、全面的に俺が悪いから」
「いや、元哉さんは全然悪くないです。言いたいことは分かるし、確かにこの先何があるかなんて分かんないし、まあ元哉さんよりいい人はいないと思うけど俺よりいい人はいっぱいいるだろうし」
「いないよそんな人」
「いますよいっぱい。まあそれはいいんですけど、何があるか分かんないからってのは多分その通りなんだろうし、俺が今何を言ってもしょせん口先だけにしかなんないと思うので……」

じゃあどうすれば信用してもらえるのかということについてはさっぱりいい考えは浮かばなかった。が、思いつくまま喋るうち先輩は徐々に視線を下げ、そして最終的には完全に俯いてしまった。

「ごめん、本当に俺が悪かった。将来のことを考えると色々心配になるのは確かなんだけど、疑われたら気分悪いよな、ごめん」
「いえ……」
「でもやっぱり俺さ、いやこれは言い訳なんだけど、宏樹に対してはちょっと負い目があるというか」
「負い目? 何のですか?」
「つまりその、宏樹は元々恋愛対象は女の子だったわけで、それをこう、俺が強引に迫ってというか丸めこんでこうなってるわけだろ」
「え?」
「だから俺とのことは一時的な気の迷いというかここの環境のせいもあるだろうし、将来近くに普通に女の子もいる環境になったらどうなるのかなっていう心配はなくはない、というかすごくあって」
「……」

正直驚いた。
先輩の卒業後のことで俺が心配していたのはなかなか会えなくなったら寂しいだろうなということくらいで、どちらかの心変わりについての不安を感じたことはなかった。
改めて考えてみれば先輩がずっと俺を好きでいてくれる保証なんてどこにもないのでいささか考えが甘すぎたのかもしれないがそれはともかく、少なくとも俺がやっぱり女の子がいいなんて思う可能性については思いつきもしなかった。

けれど、思い返してみれば前にも似たようなことを言われたことがあった。先輩の体に初めて触らせてもらった時のことだ。
あの時も先輩は、俺の元々の恋愛対象が女の子だから、と気にしていた。
俺としては先輩を好きになったということは相手が絶対女の子じゃないといけないわけでもないんだろうし気にするところではないのにと思ってしまうのだが、多分今回も根は同じで、先輩にとってはどうしても引っかかってしまうところなんだろう。だとすれば、ちゃんと解消しておかないといけない部分なのかもしれない。

「俺はそもそも別に強引に丸めこまれたとは思ってないんですけど」
「そうかな。普通に共学の学校でも俺と付き合ってたと思う?」
「うーん、そう言われると仮にの話は検証が難しいですけど」
「それはそうなんだけど」

しかし一体どう説明すれば先輩の不安はなくなるんだろう。
考えても答えは出そうになかったので、とにかく言葉を尽くしてみるしかなかった。

「でも俺は多分、今思い返せばの話なんですけど、結構最初の頃から元哉さんのこと好きになってたんじゃないかなと思ってて」
「……そうなの?」
「じゃなかったら元哉さんが忙しくなって会いに来てくれなくなった時にそのまま放っといたと思うんですよね。そもそも喫煙所のつながりってだいぶ薄いというか、そこでばったり会えば喋るけどくらいの関係なので」
「うん」
「でも実際は元哉さんに会いたくて慎二さんに頼んだりして探したわけで、だから多分もう好きだったんだろうなって。まああんまり恋愛経験もないしまだ自分が男の人をそういう意味で好きになるとは思ってもみなかったから気がつくのは遅れたんですけど」
「うん……」
「ここの環境の影響っていうのは確かにあるのかもしれないですけど。慎二さんも西園寺さんとのことで悩んでたし、あと上野も安田も彼氏できた時期だったから、俺も元哉さんのこと好きなのかなって考えるきっかけにはなったので。でも元哉さんに会えなくなってまた会いたいなと思ってたのはそれより前だから、そういう環境面は自分の気持ちを自覚するきっかけっていうだけで好きになった理由ではないわけで、だから例えば共学で周りに男同士のカップルとか全然いなかったとしても単に気がつくのがもっと遅くなるだけでいずれはこうなってたんじゃないかなと思います」
「……」
「だからなんていうか、言い方は悪いですけどここに女の子がいないからその代わりに仕方なく元哉さんを好きになったわけじゃないし、別に性別とか関係なく元哉さんを好きになって一緒にいるわけだから、将来やっぱり女の子と付き合いたくなることはないと思うんですけど。でもまあ実際どうかっていうのは卒業してから本当に揺らがないってのを時間かけて証明していくしかないかなと思うんですけど、どう思いますか」

ちょっと長々喋りすぎたような気はするが、ちゃんと伝わっただろうか。
少し心配にはなったが、しばらく黙ったまま何やら考えこんでいた先輩は、小さく息を吐き呟いた。

「なんか……思ってたよりちゃんと好きでいてくれてるのかなと思った」

思ってたより?
ということは今まで全然伝わっていなかったということか。

「俺言葉足りてなかったですか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど」
「けど?」
「なんていうか、宏樹は元々女の子が好きなのに相手が男で本当にいいのかなって言う気持ちはやっぱりずっとあったから、だから今言ってくれたことはすごく嬉しいんだけど。でも、性別はまあいいとしても、そもそも本当に俺でいいのかなっていう……」
「え?」
「なんだろうな、宏樹が俺のことを好きって言ってくれるのが未だに信じられないというか、別に信用してないっていう話ではなくて、実は俺がずっと長い夢を見てて目が醒めたら全部消えててもおかしくないような感じというか」
「そんな。消えませんよ」
「だといいんだけど、でも突然降って湧いた幸運というか、俺の人生に本当にそんなことあるのかなっていうか」
「……」

言ってはなんだが、自信がないにもほどがある。
いや逆に俺が楽観的すぎたのだろうか。
先輩が俺のことを好きでいてくれているのは、まあよく考えればなんで俺みたいなのをという疑問はあるがそれでもそれ自体を疑ったことはなかったし、本当に俺でいいのかなだとかいつか俺以外の人に心変わりするかもだとか不安に思ったこともなかった。
そう思うと本当に楽観的すぎるしあぐらをかきすぎているのも確かだったが、それにしたって先輩の自信のなさはなんだか根が深そうな気もする。

「なんでそんなに弱気なんですか? 過去になんか辛い恋愛でもあったんですか」

と尋ねたのは完全にただの思いつきというか適当な発言だった。
が、先輩は虚を突かれたように目を丸くして固まった。
まさかうっかり核心をついてしまうとは思ってもいなかったので、俺の方が驚いてしまった。

「え、本当にあったんですか?」
「あー……いや、うーん……」
「それって、もしかして西園寺さんとの?」
「いや西園寺とは別にたいした付き合いじゃないというか、そもそもちゃんと付き合ってたわけでもないし、子どものお遊びみたいなもんだったんだけど」
「え? そうなんですか?」
「うん、本当に全然……そうか、そういうことか。じゃあ完全に俺の問題だな。ごめん、宏樹にうだうだ言って困らせることじゃないな」
「謝ることではないですけど……」

西園寺さんとのことももちろん正直気にはなるが、それよりさらに誰かも分からない人のことが気になってしまう。掘り下げて聞いてもいいんだろうか、それとも聞いたら先輩の傷をえぐってしまうだろうか。
というか俺はその話を普通に聞けるだろうか。過去に好きになった人がいておそらくそれを引きずっているんだろうということが分かっただけで既にもやもやしているのに? 
多分無理かも、いや確実に無理だろう。

「元哉さん」
「うん……」
「誰とどういう付き合いだったのか知らないですけど、さっさと忘れてちゃんと俺のこと見てください」
「……え?」
「俺は別に元哉さんが見てる夢でもなんでもないし突然消えたりもしませんよ。だから俺に愛されてる自信をちゃんと持って、ワガママでも何でもいっぱい言ってください。俺はこの先もずっと元哉さんのこと好きだし、女の子に目移りしたりもしないし、嫌がることもしないつもりだし、ちゃんと大事にするので」
「……」

目を丸くして黙り込んだ先輩の視線は、不意に揺らいだ。
しんと静まり返った部屋に、俯いて顔を覆ってしまった先輩のため息がぽつんと落ちる。
手を伸ばして引き寄せると、先輩の体は素直に俺の腕の中におさまった。

「ごめん。情けないな、俺」
「そんなことないですよ」
「宏樹はかっこいいな……」
「いやすいません、ちょっとかっこつけすぎましたね」
「ううん、ありがとう。本当に嬉しい」

顔を上げた先輩は、少し照れたような顔で微笑んだ。先輩が笑うとほっとする。と同時に、やっぱりかわいいな、と思った。自分より年上で、背も高くて、かわいいというよりかっこいいという言葉の方が絶対にふさわしい人なのに、やっぱりこういう時の先輩はどうしてもかわいく見えてしまうのが不思議だった。

「なんかないんですか、ワガママとか。遠慮しないで何でも言ってください」
「いやもう、十分幸せ」
「ならいいんですけど」

先輩の左耳、まだまっさらなままの耳たぶをそっと撫でる。
早く時間が過ぎればいいのに。卒業してもずっと先輩のことを好きでいて、ちゃんと安心させてあげたい。

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