▼ 04

「お疲れ」
「あー疲れた……すいません長くて」
「全然いいけど、でも俺ヒロくんのワガママな彼女なの?」
「いやそれは、本当にすいません」

楽しそうに笑っている先輩の表情から見るに別に含むところはなさそうだったが、どうにも重ね重ね申し訳なくなった。
先輩と付き合っていると言えないこともそうだし、そのせいで俺にも先輩にも彼女がいることになってしまったし、それから俺だけ付き合った日を把握していなかったこともそうだし、なんだか俺ばかり先輩のことを大事にしていないみたいだ。

「元哉さん……」
「ん?」

大事にしていないつもりはないしちゃんと好きですと伝えようかと思ったけれど、結局やめた。
言い訳のように聞こえそうな気がしたからだ。代わりに尋ねた。

「ちゃんと言った方がいいんですかね、元哉さんと付き合ってるって」
「美衣ちゃんに?」
「というか家族に」
「うーん……それはかなり難しい問題だな」
「元哉さん誰かに言いました?」
「ああ、俺の家は皆知ってるよ」
「えっ、皆?」
「婚約のことがあったし、嫌だって言う時に一通り説明したから」
「ああ、そっか……ちなみに何て言ったんですか?」
「学校の後輩と付き合ってるって」
「じゃあ相手が男ってことは……」
「知ってる。でもまあ、父さんもここの卒業生だし母さんも系列の女子校だから元々内情は知ってるというか、ある意味慣れてる人達だから。兄さんが駆け落ちしたのも男とだし」
「え、そうなんですか」
「うん、だから俺が言ってるからって宏樹は別に無理しなくていいからな。いきなり俺と付き合ってるって言っても皆びっくりするだろうし」
「びっくりはまあ、するでしょうけど」

想像してみた。
麻衣ちゃんは多分既に俺と先輩が付き合っていると思っているだろうからいいとして、美衣ちゃんと亜衣ちゃんあたりもまあ驚きはするだろうけれどやっぱりそうだったのかくらいで済みそうな気がする。その上の4人の姉さん達と両親に関しては完全に未知数だ。一体どんは反応をするのか想像もつかない。
が、さすがにまだ気が早すぎるかもしれないけれど、付き合いが長くなったらいつか俺も家族に話す日が来るのだろうか。そうするとこの前夏子姉さんが婚約者を連れてきたように俺も先輩を連れて帰る日がきたり、あるいは逆のパターンもありうるのだろうか。あの豪邸に俺が挨拶に行くのはハードルが高すぎる気もするが、いやそれを言うなら俺の家もある意味ハードルが高い家ではあるか。
それとも男同士だからやっぱりそんなに大っぴらにはしないものなんだろうか。でもまあどちらにしろちょっと気が早すぎるか。

というようなことをつらつら考えていたら、先輩はふと言った。

「それにこの先何があるか分かんないからな」
「え? この先って?」
「例えば宏樹が俺に飽きるかもしれないし、他に好きな人ができるとか、やっぱり女の子がいいなと思うかもしれないし」
「……は?」

あまりにもあっさりした口調だったので、一瞬何を言われたのか分からなかった。

「何言ってんですか」
「でも実際よくある話らしいからさ。ここいる時は上手くいってても、卒業して外出たらやっぱり普通に女の子の方がいいってなったりとか」
「じゃあ元哉さんも卒業したら俺と別れて女の子と付き合うんですか?」
「俺は違うけど。ずっと宏樹のこと好きだよ」
「なのに俺は元哉さんのこと好きじゃなくなると思ってるんですか?」
「思ってるわけじゃないけど……まあそういう可能性もあるかもしれないっていう話だから」
「そんな適当な男だと思われてんですか俺。心外なんですけど」
「いやそんな風に思ってるわけじゃなくて、でもやっぱりちょっと心配というか、ある程度は覚悟しとかないといざという時にさあ」
「……」

まだ言うか、この人は。
思わず腕を引いて視線を合わせると、先輩は驚いたように目を瞬いた。

「……え、ごめん、怒ってる?」
「そりゃ怒ってますよ。俺がどんくらい元哉さんのこと好きか全然分かってないんですか」
「いや……ありがとう、嬉しいけどでもそういう話ではなく」
「そういう話でしょ。俺はちゃんと元哉さんのこと好きだし、一生添い遂げるくらいの覚悟もあって付き合ってるんですよ。そりゃ家族にも言えてないし記念日だって覚えてないしこんな俺に言われても信用できないかもしれないですけど」
「それは別に気にしてないんだけど、というか信用してないわけではなくて」

と言われても、実際信用されていないんだろうなと思った。
ただまあ、考えてみれば無理もない話ではある。
お互いまだ高校生だしそもそも付き合って間もないし、おそらく先輩の言う通り今から色んなことがあるんだろう。先輩が卒業してしまったら今のようには頻繁に会えないし、しかも俺が卒業したって進学先は違うわけだし、お互い他の人との出会いだってあるはずだ。
それに関しては俺が先輩よりいい人と出会う可能性よりも先輩が俺なんかよりもはるかにいい人を見つけてしまう可能性の方が高そうだが、どちらにせよ確かに色んな可能性を考えておいた方がいいのかもしれない。

というのはもちろんよく分かるし頭では納得できる話なのだが、それにしたって、とやっぱり思ってしまうのだった。
ただ今の俺が何を言ったって多分薄っぺらい口約束にしかすぎなくて、先輩を信用させるのは難しいだろう。

「分かった、分かりました。ベッド行きましょう、今すぐ。俺がどんだけ元哉さんのこと好きかちゃんと知ってください」
「えっ、今? この流れで?」
「ダメですか?」
「ダメではないよもちろん。嬉しいけど、でもそういう話だったの?」
「いや違いますね。全然違うんですけど」

確かにそういう話では全くない。
でも言葉でダメなら体でというわけではないがもうそのくらいしか思いつかないというか、半ばヤケになっていたような感じもあった。
そんな心境だったのでそれ以上いい言葉も思いつかずに黙っていると、先輩は少し嬉しそうな、でも困ったような顔で俺の顔を覗き込んできた。

「というか明日平日だけどいいの?」
「いいですよ。というかいつでもいいんですよ別に」
「いつでも?」
「いつでも。もうこの際言っときますけど、俺最近毎日準備万端ですからね。いつでもできるように」
「え? そうなの?」
「そのくらい好きなんですよ。大体ムダになっちゃうし面倒くさいけど、でもいざという時のこと考えて毎日面倒くさいことやっちゃうくらい好きなんですよ。つうか大体男と付き合って抱かれてる時点で元哉さんのことどのくらい好きかちゃんと察してほしいんですけど。そんな生半可な気持ちであんなことできるわけないし、そもそも入れたこともないのに入れられてるって男としてどうなんだとも思うし、でもそれでもいいかと思っちゃうくらい好きなのに、それを卒業したら女の子に揺らぐ程度の気持ちなんて言われたらさあ」

と、そこまで言ったところではたと我に返った。
先輩が目を丸くして固まっていたからだ。
途端に頭がすっと冷えた気がした。完全に言いすぎというか、

「……なんか俺、言わなくてもいいことまで言いましたね」

勢いに任せて喋るとろくなことがないという典型例だった。
先輩と付き合う前や付き合いだした時、勢いに任せたのがうまくいったこともあったが、今回ばかりは完全に失敗だった。

「すいません、こんな感情的になるつもりはなかったんですけど。あー……ちょっと頭冷やしてきていいですか」

立ちあがろうとした途端、しかし先輩に手を引かれ俺の体はソファーに逆戻りした。

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