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映画をみる話A


俺の在籍する1年D組の学級委員長は田村くんという人だ。いかにも学級委員長然とした眼鏡をかけた真面目そうな感じの人だが、体育祭明けのホームルーム、クラスの出し物決めの際に教壇に立った彼はやたらと気合の入った顔で「勝ちに行きましょう!」と宣言した。つられてなのか教室内がやたらと盛り上がるが、正直話が見えずに思わず首を傾げてしまった。

「過去五年分の傾向を見たところ、一位を狙いやすいのは」

勝つだの一位だの、何の話か分からないがそれはともかく、くるりと背後を振り返った田村くんは、黒板にチョークで女装+喫茶店と大きな文字で書きなぐった。

「つまりコンセプトカフェです!」
「うわー……」

確かに文化祭の出し物としてはまあまあ妥当な気もするが、隣の席で小島が嫌そうな顔をする。女装が嫌いなのかはたまたコスプレが嫌いなのだろうか。疑問が二つに増えたところで、田村くんはポケットから折りたたまれた紙を取り出した。

「事前に全員に取ったアンケートの結果、好きなコスプレトップ3はどれも僅差でセーラー服、メイド、猫耳だったので、衣装製作を考えるとメイド+猫耳が妥当な線かと思います。衣装製作は手芸部の2人、おそらく半数分は準備できそうとのことなので半分が接客、残り半分が諸々裏方で今日係の割り振りまで決めたいと思いますが、ここまでで反対意見ありませんか」

入念な事前準備と鮮やかなプレゼンのおかげなのか、反論の声は上がらなかった。
田村くんは満足気に教室を見渡し、また口を開いた。

「じゃあまず女装部隊から、自薦でも他薦でもいいんですけど」
「とりあえず小島だろ」
「うん、目玉ですね」

教室の反対側から上がった誰かの声に、田村くんは黒板の文字を消しながら頷く。

「え、そうなの?」

思わず隣を見ると、小島は苦々しい顔で肩をすくめてみせた。

「不本意だけどね。昔からそういう役回りというか」
「へえ、そうなんだ」

そういえば、と思い出したのは安田と上野が以前言っていた小島がかわいい説のことだった。
結局その真偽は謎だったのだが、どうやら単にあの二人だけの意見というわけではないらしく、前の席からくるりと振り返った江藤くんもむしろ不思議そうに首を傾げた。

「もしかして大谷くん、小島の人気をご存知ない?」
「いや知らないけど。そうなの?」
「そうだよ。小島のかわいさは周知の事実かと思ってたけどなあ」

そう言われても俺が知っているはずがなかった。
釈然としないまま首をひねっていると、江藤くんは眉を寄せ心持ち声をひそめた。

「そもそも俺かねてから疑問だったんだけどさあ、何で小島と同室でそんな普通にしてられるの?」
「は?」
「だって風呂上りの姿とか寝起きとかいろいろ見る機会もあるわけだろ。ムラムラしないの?」
「しねーよ」

思わず呆れてしまうが、江藤くんはさらに食い下がってきた上に、

「いや待ってよ、俺が変なこと言ってんじゃないって。大谷くんがおかしいんだよ」
「おかしくないって。しょっちゅう半裸でその辺うろうろしてるけど別に」
「マジか!? 大丈夫かよ、小島ちょっと迂闊すぎない?」
「だって大谷だもん」
「え? 大谷くんEDなの?」
「違う」

なんだか不名誉なことまで言われてしまった。

「じゃあやっぱり小島警戒心なさすぎだろ」
「僕だって最初はちゃんと警戒してたよ。でも大谷全然僕にっていうか男に興味なさそうだったし、だから試しにちょっとずつ脱いでみて」
「マジか……」

江藤くんは驚いたように呟いたが、俺が気になったのはじゃあ俺は小島に試されていたのかという点だった。だから尋ねてみると、

「まあね。でも全然平気そうだったからもう気遣わなくてもいっかなって」

と小島は肩をすくめ、江藤くんはついに頭を抱えてしまった。

「マジか……。でも大谷くん男に興味なさそうって言っても今や彼氏がいるわけじゃん。それを踏まえても小島に対してどうも思わないの? かわいいとかエロいなとか食べちゃいたいなとか」
「そういう目で見たことないけど。むしろ江藤くんは思ってんの?」
「皆思ってるよ!」
「うわ……」

皆というのはどう考えても言い過ぎだろうとは思うが、小島が嫌そうに顔をしかめるのも無理はなかった。モテて嬉しいと思うタイプならばいいかもしれないが小島はそういう感じでもなさそうだし、不特定多数の男にそういう目で見られるというのもどうなんだろう。

「でも、じゃあいいのかよ女装なんかして」
「そーね、毎年文化祭後は多少不審者が沸くんだけど」
「マジで?」
「まあしばらく一人にならなければ大丈夫だよ。もしかしたら大谷にもどっか付いてきてとか頼むかもしれないけど」
「それは別にいいけどさあ」

いやどうだろう、不審者相手にはたして俺が役に立つだろうか。というのは内心疑問ではあったが、小島はそんな俺の心中に気づかないまま、やたら気合の入った顔で拳を握った。

「それより僕も勝ちに行きたいんだよね、今年は」
「勝つって何に?」

ここにきてようやく最初からの疑問を尋ねるチャンスがきたのだったが、目を瞬いた小島は「本当にいつも全然説明聞いてないなあ」と呆れたような顔をした。

「文化祭は勝負なんだよ、クラスと部活対抗の」
「へえ」
「当日の売り上げと生徒とか来賓からの人気投票と、あと諸々イベントのポイントも含めて順位が出て、トップになったら豪華賞品がでるんだよね」
「ああ、賞品狙いなんだ。そんなに豪華なの?」
「年によって様々だけどね。でも毎年恒例で、役員が願い事を叶えてくれる券ってのがあって」
「願い事?」
「そう。さすがに常識の範囲内でだけど。でも親衛隊もそこにはノータッチだから、人気者と合法的にお近づきになれるチャンスってわけ。だから今年は意地でもそれを取って西園寺様と昼ご飯でも食べながらお話がしたい!」

それは確かに需要が高そうだが。それにしても一クラス分その券があるなら人気者はしんどそうだなと思っていたら、小島は俺を手招きしてこっそり耳打ちしてきた。

「大谷も一緒にお昼食べたりくらいできるかもよ」
「……なるほど」
「やる気になった?」
「いや、まあ、うーん……」
「むしろ他のとこに取られない方が良くない?」
「……」

確かに先輩の人気っぷりは体育祭の時に実感したばかりなので、引っ張りだこになることは想像に難くない。とはいえ仮にその権利を手に入れたとして本当に使う勇気があるかどうかは謎だったが、思わず考え込んでしまった俺を見て小島は笑顔になり、そして俺の右手を掴んで勢いよく上げた。

「大谷も女装します!」
「えっ!?」

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