四天 | ナノ


心の支え


完璧と言われていることに負担を感じないわけではない。
四天宝寺の部長は無駄のない完璧なプレーをする、聖書と呼ばれる男だ。そんな噂ばかりが一人歩きして、当の本人は噂されている自分の姿を追いかけるばかり。テニスは楽しくて好きだけれど、こんなテニスは楽しくない。

「はぁ、はぁ、」

部活が終わってから一時間近く経っただろうか。もうそろそろ消えてしまうであろう夜間照明に後押しされて、俺はやっとのことで部活を終える。と言っても、こんなことは当たり前で、最早日課となってしまった。

「あ、お疲れ様。」

片付けを終えて部室に戻れば、これまた日課のようにそこにいる名無しさんにふと切なくなる気持ちを堪えて「すまんな、待たせてしもうて。」なんて。自分が笑顔を向けられているかどうかが不安で仕方がない。

「いつも言うとるけど、あたしは好きで待ってるんやで、蔵。」
「……おん、すまんな。」
「蔵、何かあったん?」

名無しさんは俺の気持ちを見透かせる能力があるのかもしれない。それとも、今の俺はそんなにも顔に表れていたのだろうか。どちらにせよ、マネージャーでもあり彼女でもある名無しさんにこんなにも気を使わせてしまうなんて、部長としても彼氏としても情けない。
それでも名無しさんに優しく「こっちおいで、蔵。」なんて言われたら断ることが出来なくて、素直に名無しさんに抱きついて肩に顔を埋めた。

「何かあったわけちゃうんやけど、」
「せやけど泣きそうな顔しとったで。」
「はは、それは名無しさんにしか見せられへんなぁ。」
「そらどーも、おおきに。」

いつからか不意に泣きたくなっては名無しさんに甘えるようになって、それを名無しさんも気付いとるんやろう、俺の頭を優しく撫でる。こんなにも情けない姿は名無しさんにしか見せられへん。

「蔵はあたしが居らんかったら死んでしまいそうやな。」

冗談半分。けれど半分は本気。そんな声色で名無しさんが告げたその言葉に、俺はただ「おん、」と返す。いつもやったら笑顔で答えられるはずの言葉も、今の俺には返せない。それでも名無しさんは小さく笑って「好きやで。」なんて言うから、思わず名無しさんの肩を濡らしてしまった。

「俺も好き、名無しさん、愛しとる。」
「おん、わかったから泣かんといて。」
「……っ、泣いてへん。」
「ほな顔上げて?」
「……嫌や。」

泣いてない、ほんの少し涙が溢れてしまっただけ。せやけど名無しさんを見たら今度こそ溢れ出してしまいそうやから、今だけはこのままで。


心の支え
(君がいなかったら僕はもう、)



(140705)


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