四天 | ナノ


平気ですか、こんなやつで



「ん、ふあ……」

誰にも起こされることなく自力で目覚めて、まだ働かない頭で洗面所に行って歯磨きと洗顔を済ませる。もちろん着替えてなんかないし、髪の毛もぼさぼさ。何故なら今日は日曜日で、何も用事がないあたしはのんびりゴロゴロだらだらと一日を過ごせるはずだから。
けれども予定は未定であり決定ではなくて。結論から言えばそこに居るはずのない人間の姿にぼさぼさ髪のあたしは硬直してしまった。

「名無しさん、おはようさん。」
「くっ、蔵ノ介くん!?」
「ビックリさせてすまんな、妹と遊びに来てん。」
「そ、そうなんだ!とりあえず、き、着替えて来るね!」

蔵ノ介くんの妹とあたしの妹は大親友と言い張るほどの仲良しで、妹ちゃんはよく家に遊びに来ている。しかし、その兄である蔵ノ介くんとあたしは同じクラスではあるものの、特別仲が良くも悪くもなく。それに普段は部活だなんだって忙しそうだから、家に来るなんて思ってもみなかった。と言い訳を並べても、見られてしまったものは仕方がない。蔵ノ介くんが帰るまでの間に何としてでも好印象を植え付け、さっきのオフモードのあたしのことは忘れてもらわなければ。
居間に戻ってみると、蔵ノ介くんは一人でテレビを見ていて、少しだけ寂しそうな背中をしていた。

「あれ、妹達は?」
「なんや部屋行ってもうて、」
「それは、なんか、ごめん……」
「名無しさんちゃんの所為ちゃうって。こっちかてゆっくりさせてもらっとるし。」
「あ、お茶かなんか出すね。」

妹達に放って置かれる蔵ノ介くんの少ししょんぼりした顔が可愛くて、にやけそうになる顔を必死に笑顔へと変換。こんな男と二人きりの空間でにやけるなんて変態だと思われたら、寝起きの件もあって一巻の終わりだ。
というか、何であたしは蔵ノ介くんと二人きりの空間に居るんだろう。妹ちゃんはいつも一人で遊びに来るんだから、今更蔵ノ介くんと一緒に来る必要はないだろうし。

「ところで、何で今日は蔵ノ介くんも来たの?」
「っ!?あ、」
「あ、」

お茶を出しながら自然な流れで聞いたはずだったのに、何故かビクリと肩を震わせた蔵ノ介くん。に、びっくりしたあたしは見事に手を滑らせて、お茶を溢す。あたしは咄嗟に蔵ノ介くんの方を見て、彼にお茶がかかっていないことを確認し、無事とわかると胸を撫で下ろした。これ以上失態を犯してしまったら、明日からの学校生活を無事に過ごしていける自信がない。
それに、実は少し気になる男の子である蔵ノ介くんの前でこんな調子では、当たる前から砕けてしまう気がする。

「すまん、俺の所為や!今拭くな!」
「あ、いいよいいよ。蔵ノ介くんは座ってて!」
「それは出来ひん、せめて手伝わせて。」
「……じゃあ、お願いします。」

いそいそと布巾を渡すあたしからそれを受け取った蔵ノ介くんは「ふわふわの絨毯やのにすまんな」とか、「シミにならへんかな」とか、そんなに心配しなくても大丈夫なのに。というか、零したのはあたしの方の失態であって、蔵ノ介くんは全く悪くないのにこんなに気を使ってくれるなんて申し訳ない。
一先ずあたしも蔵ノ介くんと一緒に絨毯を拭くべく床と顔を合わせていれば、不意にトントントンという床を拭くリズミカルな音が止まり、その代わりに「あのな、」と。顔を上げると至って真剣な表情の蔵ノ介くんに、思わずあたしの表情も引き締る。

「迷惑な話かもしれへんけど、会いたかってん。」
「あの、それは、何で来たのかって話?」

聞けば、蔵ノ介くんはこくりと頷いて、それからまたトントントンと手を動かし始めた。それにつられるようにあたしも手を動かすけれど、本能的に蔵ノ介くんの言葉を逃さないようにしているのか、さっきよりも弱く小さな音が鳴る。

「……名無しさんちゃんに、な。」
「な、なんであたしに?」
「なんでってそりゃあ、好きやからやで。」
「…………え?」

動いていたはずの手はピタリと止まって、気付けばあたしは蔵ノ介くんをじっと見つめていた。と言っても、蔵ノ介くんはといえば無駄のない動きであたしから顔を反らしたきり、一向にこっちを見ようとしないのだけれど。

「きゅ、急にすまん!」
「えっと、その、」
「あかん、言うてみたらめっちゃ恥ずかしい。」

反らした、けれども顔が赤いのは隙間から見えているし、声が震えているのもわかる。何でも完璧にこなしてしまうイメージの蔵ノ介くんとは違う可愛い一面が見れて思わず笑い声が漏れた。それにすら「笑わんといて」と。
きっとこっちを向いてと言っても、恥ずかしがっている蔵ノ介くんは向いてくれないだろうことはわかっている。けれど、あたしだって伝えたいことがあって。こっちを向いてくれとは言わないけれど、その代わりに一言。

「あたしも好きだよ。」

瞬時に振り向いた蔵ノ介くんにびっくりしたあたしは、机にぶつかってお茶を溢し本日3度目の失態を晒してしまったけれど、こんなあたしが好きだと言って蔵ノ介くんは笑顔を向けた。


平気ですか、こんなやつで

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