四天 | ナノ


耳の生えた、


「寂しい。」
「は?」
「せやから、寂しい。」

もう一度聞き返したら、彼はどんな顔をするだろう。決して耳が悪くて聞こえなかったわけではない。聞き返してしまったのは「寂しい」と発した人物が、他でもない財前光だから。
真剣にあたしを見つめてそう言うけれど、彼の口からこの言葉が出るなんて、まさか。

「え、あ、うん。」

あたしの心を見透かしたかのようにそう言う彼は、まるで小動物のように瞳を潤ませて「やって、最近名無しさんさん相手してくれへん」と呟く。少しふてくされて視線を下げる彼がいつもの強気な彼と同じ人物だなんて。
ふと、そこまで彼に寂しい思いをさせてしまったのか、とも思った。

「光、おいで。」
「……俺、名無しさんさんがマネージャーなん嬉しいですけど、部長と仲良うするんやったら嫌ですわ。」
「うん、ごめんね。」

仲良うっていうか、部長とマネージャーとして部活のことを話していることが殆どで、雑談の時は光だって参加してる。けれど、そんな言葉も今の彼には通じないと考え、その言葉を飲み込んだ。
素直にあたしに抱きついてくる彼の頭をよしよしと撫でれば、彼はもぞもぞとあたしの肩の辺りに顔を埋める。弱すぎず、強すぎず。いい程度の力加減であたしの背中に回した腕にぎゅう、と力を込められるのがわかった。

「名無しさんさん、好きです。」
「うん、」
「大好きです、ほんまに。」
「うん、ありがとう。」
「……名無しさんさんは?」

瞬間、ふっ、と思わず笑みが溢れた。寂しくて、寂しくて、不安だなんて。
彼がまるでご主人を愛する猫みたいで、つい。

「何で笑うん、」
「光が可愛くて。」
「……可愛い、て。」
「あたしも大好きだよ、光のこと。」

言った瞬間に力加減を忘れて、ぎゅう、と腕に力を込めたのは照れ隠しか、嬉しさのあまりなのか。
彼の不安が溶けきるまで、少しだけ我慢しよう。


(20130820)


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