四天 | ナノ


愛した人を間違えた


彼を怒らせたら怖いことは、あたしが一番よくわかっていた。あたしの彼氏でもある彼、財前光は、校内でもかなり有名なほど怒らせたら怖い。かつ、喧嘩が強い。とは言っても、大したことで怒るほど気が小さい人でもないし、あたしに対しては(みんな曰く特に甘いらしく)滅多に怒らない、はずなのに。
あたしのクラスには白石くんと忍足くんがいて、別段その二人と仲が良いわけじゃないけれど、それなりに話はする。彼氏が二人の後輩だから、世話になってることもあるだろうし、話のネタならたくさんあるし。だから、一緒にお喋りしてただけなのに。

「謙也さんはともかく、何で部長と仲良くしとるん。」
「え、えっと、友達だし……」
「ほな今すぐ友達辞めてください。」
「なんで、」
「そんなんもわからんとかアホか。」

呆れたような顔であたしを見て、光は溜息をこぼす。あたしを見る呆れた目も、怒りに任せた無表情な顔も、椅子に座って足を組む姿も、何もかもが怖い。誰でもいいから誰か助けてくれないかな、なんて思うけれど、昼休みに部室を貸し切り状態にして話しているこの状況で誰かが来るなんて殆ど有り得ない。本当に誰でもいいのに。知らない人でもいい。テニス部じゃなくてもいいから誰かこの空気を壊してくださいお願いします。

「名無しさんさん、逃げたいんやったら逃げてもえぇですよ。」
「え?」
「やって、そういう顔しとるし。」

それは光が怒ってるから、そう言ったらどんな顔をするかなんて、考えるまでもなかった。視線を落とした光は、一体どんな気持ちなんだろう。光が怒るときは、いつだってちゃんとした理由がある。だから誰も光を攻めることはできないし、光だけの責任にされることもない。じゃあ今回は、どうなんだろう。光は何に対して怒って、何に対して視線を落として悲しんだんだろう。

「あたしは、光のこと好きだから逃げたくない。」
「ほななんで部長と楽しそうに話しとるん。毎日毎日毎日。俺が会いに行っても気付かへんくらい部長との会話が楽しいんやったら、部長とくっつけばえぇやろ。」
「違うよ!白石くんとは殆ど光の話しかしてない!」

言って、ハッとして、あたしも視線を落とした。
光のことが好きだからたくさん知りたくて、だから白石くんと話してる。そんな、あたしの一番恥ずかしい秘密を一番聞かれたくない人に聞かれてしまった恐怖と、感のいい光ならあたしの気持ちをすぐに読み取ってしまうんじゃないかという恐怖がとぐろを巻く。

「わかりましたわ。」
「あ、えっと、」
「名無しさんさんが俺のことどれだけ“愛しとる”か。」
「ああああああああああああ!口には出さないで!」
「あーあ。部長なんかに嫉妬しとった自分がアホらしくて笑えますわ。名無しさんさんがこんなに俺を“愛しとる”なんて。」
「だっ、だから!」

お願いだから口には出さないで。そう言おうとしたのと口を塞がれたのは同時だった。触れ合った唇を離して、光はニヤリと笑う。


愛した人を間違えた。


(20130430)


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