吹っ飛ぶ5秒前
夏休みに、東京に行っとる名無しさんが帰省するらしい。
ソレを知った瞬間、言葉に表しようがない喜びを感じたことは、誰にも気づかれてない。はず。勘の鋭い先輩らが「なんや最近テンション高ないか?」みたいな話をしとったけど、気のせいっすわの連呼で乗り切った。
『どれくらい居る予定なん?』
『んー、どれくらい居ってえぇの?』
『ずっと。』
電話越しにそう言えば、少し笑って「それは無理やね」と返す名無しさん。半分は本気なんやけど、そう口から零れそうになるのをこらえて「冗談や、アホ。ずっと居られたらうっさいわ。」と。
本気やなんて言うたら、上京しとる名無しさんも、それを後押しした俺も辛くなる。それは嫌やし。
「部長、明後日から一週間、部活休みますわ。」
「は!?一週間!?」
「あきませんか?」
「あかんもなにも、一週間てお前、」
次の日、休みたいことを唐突に伝えれば、案の定部長は素っ頓狂な声を出した。当たり前といえば当たり前やけど。一週間休めば、そのままお盆休みになって、結果的に二週間近くテニスをしないことになる。でも、こんなところで名無しさんとの時間を諦めるわけにはいかへん。
「休みたい理由て何やねん」そう聞いてくる部長に、俺はただ小指を立てて返す。
「は、彼女!?」
「声でかいっすわ。」
「あ、すまん。で、彼女がどないしたん。」
「春休みぶりに帰って来るんで。」
「ずっと一緒に居たい、と。」
何も言わずに頷いてみる。そうすれば「いや、あかんやろ。」という部長の答えに、当たり前か、と心の中で呟いた。せやけど、部長は不意に何かを思い出したようにハッとした顔をして、それからここではない何処か遠くを見据えて考え込む。「……やっぱり構へんで。」そう言う部長に、俺は「は?」と一言。嬉しい話なはずやのに聞き返してもうたんは、部長の話が意外すぎたからやと思う。
「急にどないしたんです?」
「いや、オサムちゃんもお盆前に一週間くらい旅行行きたいらしいから、その期間は自主練にしようかと思って。」
「はぁ、」
「せやけど条件として、1日3時間以上は参加すること。えぇな?」
「まぁ、それくらいなら。」
「ほな決まりやな。」
あまりにもすんなり決められた所為か、夢なんやないかと疑いかけたけど、夢やないらしい。頬を抓んで痛みを感じると同時に、心の中でガッツポーズ。
なんてことをしとった先日がすごく遠くに感じるくらいに、今、名無しさんを目の当たりにした俺は緊張しとった。こんなん、柄でもない。ほんの何か月か前にも会ったのに、また可愛くなっとるなんて反則や。
「光ー!」
「暑いから離れろアホ。」
「再会のハグやん!」
ぎゅう、と抱き着かれた俺は兎に角、赤くなっているであろう顔を見せないようにすることに必死やった。そんな再会のハグを終えてとりあえず部屋に招き入れれば、名無しさんは遠慮無しに俺のベッドに寝転ぶ。「疲れたわー」なんて、彼氏を前に無防備すぎとちゃうやろか。もう慣れとるし、えぇけど。久しぶりに会って思考回路が半壊状態の俺に、理性があることを願うしかない。
「光の家、久しぶりで緊張するわ!」
「それが緊張しとる態度か。」
「光の前は別モンや。」
「普通は彼氏の前でこそ緊張するもんやろ。」
「そういう時期は超えたっちゅーことや。」
そんな、自分より落ち着いた名無しさんが少しだけ気に食わなくて、不意にキスをする。けれど名無しさんはふにゃ、と嬉しそうに笑うもんやから、もっと悔しい気持ちになって。それから今度は名無しさんが俺にキスしてくるから、咄嗟に「飲み物持ってくるわ。」なんて。付き合いたての彼女かっちゅーねん。
ドアを閉めて呼吸を整える。この調子やと、俺が飲み物を持って戻ってきた頃には寝とるはずやから、落ち着いた生活が、
「あ、光!遅いわー!」
「………、」
「どないしたん?」
「寝とる思ったわ。」
「寝てもうたら勿体ないやん!何する?ゲーム新しいの買ったんやろ?」
吹っ飛ぶ5秒前
急に可愛くなって帰って来るなアホ
(部長、女は男の予想を遥かに超える生き物らしいっすわ。)
(……、ぎ、銀!財前が昨日の今日で悟り開いてもうた!!)
(ちゃいますわ。)
(20120903)
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