四天 | ナノ


遠回りスター


「誕生日プレゼントもろてへん」
 そんなそんな電話がかかってきたのは、彼の誕生日が終わってからだった。ギリギリまで待っとったんに、なんて、彼から「待つ」という言葉が出てくることに驚いたが、それ以前にプレゼントはもう彼に届いたと思っていたのに。
「謙也のおばちゃんに渡したで」
「はぁ!?」
 幼馴染だというのに、私は生まれてこの方、謙也に直接プレゼントを渡したことがない。
 小さいうちは恥ずかしがっていた私のせいだけど、ある頃からノースピードノーライフだとか訳のわからない座右の銘を掲げた彼は、まあとにかく落ち着きがなく。その上、休憩時間は部活仲間と楽しそうに過ごしているから、私の話しかける隙はいつの間にか無くなってしまっていたのだ。
それを踏まえ、今年は帰宅後に謙也の家に行って、おばちゃんに誕生日プレゼントを渡していたはずなのだけれど、もしかしたら忘れているのかもしれないし、何か意図があってそうしているのかもしれない。
「ちょお、おかんに聞いてくる」
そう言ってバタバタと走り出したであろう彼。電話を切っていないから音がダダ漏れなのだが、それには気付いていないらしい。
「おかん!アイツからプレゼント受け取ったやろ!」
「あー、受け取ったで。片思い中の幼馴染からの大切な大切なプレゼントやろ?」
「なっ、」
「アンタに渡すタイミング無い言うて届けてくれたんやけど、どういうことなん?好きなんやろ?まさか恥ずかしくて話されへんからって逃げ回っとんとちゃうやろなぁ?あ?」
 次第に近付く声からして、きっと謙也がおばちゃんに詰め寄られてるんだと思う。
 果たして私はこの会話を聞いていてもいいのだろうか。まるで盗み聞きしているような―――いや、していないとも言えないけれど―――背徳感に襲われて、ほんの少しだけスマホから耳を離す。完全に離せないのは、背徳感より興味が大きいからだろう。
「ほんまアンタは意気地無しやな!今からお礼言いに行ってき!」
「はぁ!?」
 今日はもう遅いから迷惑やろ、とか、学校で会った時でもえぇやん、とか。うだうだと言葉を並べる謙也を「行け」の一言で押し黙らせるおばちゃんに恐怖を感じつつ、私はスマホを持ったまま、いつものダルダルな部屋着からお洒落めな部屋着へと着替えを済ませた。
 家から追い出された謙也がここに着くまであと数分。さっきの会話を聞いてしまった以上、どんな顔をして謙也に会えばいいのかわからないけれど、とりあえず「お誕生日おめでとう」と。
 それから―――

「お前に話があって、」
 息を切らした彼は、予想通り数分で私の目の前に現れた。流石、ノースピードノーライフである。けれど、それとは裏腹に中々、会話が始まる様子はない。好きだから逃げ回ってる、という言葉が、随分とタイミング悪くフラッシュバックする。
「お、お誕生日おめでとう」
 ビックリするほど棒読みになってしまったが、どうやら彼はそんなことなど気に留めていないらしい。息は整ったけれど、赤くなった顔は一向に元に戻らない。
 謙也が私を好き。
 その証拠は十分に揃っているはずなのに、思うように一歩が踏み出せないのは、私も謙也と同じように「好きだから逃げ回っている」からなのだろうか。だからといって、すぐに「謙也は私が好きなん?私も謙也が好き!」なんて開き直れるわけなどないのだ。
 今の私のミッションは、謙也から「プレゼントおおきに」の一言を受け取って「ほんなら、また学校で」なんて今日の別れを告げること、それだけ。それ以上の展開は求めてないから、状況を整理するためにも、一度、一人になって冷静に対処したい。お願いだから、こういう時は。
「プレゼントおおきに!せやけど、ほんまはお前が欲しい!」
「っ、な、何言うてんの!?」
 何度も繰り返すが、彼の座右の銘はノースピードノーライフ。それに加えて、彼は真っ直ぐで、純粋で、背中を押せば簡単に走り出してしまうような人間である。そこが好きで、そこが厄介なのだけれど。
 ずっと前から好きでした、なんて可愛い言葉は、今は求めていなかったのに。子犬のような瞳で「なぁ、あかんか?」なんて、ずるい。
「あぁ、もう!そんなん急に言われても困るわ!考えとくから待っとき!」
 そう言って、強制的に謙也を追い返す私。世界で一番待つことが苦手な彼がドアの向こうでどんな顔をしているかなんて見なくてもわかる。
「私も、謙也が好き」
 ぽつりと呟いた言葉が謙也に届くのは、それから間もなくのこと。



忍足謙也生誕祭(180318)


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