男は松、女は藤と言うけれど。 | ナノ




一松兄さんは、昔からずっと松姫(まつき)のことが大好きだ。勿論、他の兄さんたちも、当たり前だけど僕だって松姫(まつき)のことは大好きだけれど、一松兄さんに関してはそれがとても分かり易い。
今回もそうだ。父さんが用事から帰って来て車が開いた瞬間、誰が迎えに行くかと揉める間もなく車に乗り込んでいた一松兄さんに、兄弟の誰もが「やっぱりか」という気持ちを素直に零した。普段の怠いだの面倒臭いだのという言葉は、松姫(まつき)絡みのことでは絶対に使わないし、それどころか誰よりも行動力があるように思える。超が付くほど愛情に鈍感な松姫(まつき)に「珍しいね」の一言で片付けられてしまうのが毎回可哀想で仕方がない。

「一松兄さんって、松姫(まつき)のことになるとわっかり易いよねー。」
「トド松も、結構分かり易いと思うけど。」
「え、そう?」
「うん。顔に松姫(まつき)が好きですって書いてある。」
「あはは。隠す方が無理な話だよね。」

松姫(まつき)は確かに僕達の姉さんであり妹であるのだけれど、他のどの兄弟よりも別格に思っているのは僕以外の5人も同じだと思う。ずっと一緒に過ごしてきて、ずっと兄弟6人で松姫(まつき)のことを大切にしてきた。もしかしたらこれから先も一生こうやって7人で生きていくのかもしれない、それも良いなぁ、なんて。松姫(まつき)の取り合いで何度も喧嘩してきたけれど、僕達男兄弟だって本当は仲が良い。常に松姫(まつき)を狙うライバルでもあり、松姫(まつき)を泣かせまいと協力し合う同志でもある。僕と十四松兄さんが松姫(まつき)のことを姉さんと呼ばないのは、そういうのが全て合わさった結果なんだろう。

「さっき聞いた住所的に、もうそろそろ会えると思うんだけど……、」

少しして、スマホを片手にそう言った僕に、一松兄さんはただ「わかった」と。一松兄さんはこういう時、絶対に不安を表情に出さないけれど、こんなに真っ暗な一本道を只管歩いてくるなんて心配しないわけがない。真っ暗なんて表現はまだ可愛い方で、民家も無ければ街灯すら無いようなこの場所は、言い方を変えればただの闇。僕がこんな所に放置されたら数秒でチビるんじゃないかってくらいには恐怖に溢れていて、想像しただけでブルリと体が震えた。

「……誰か居る。」
「あっ、あれ兄さんじゃない?」
「トド松、呼んでみて。」
「オッケー」

暗くて良く見えないけれど、シルエットとか歩き方の雰囲気が何となくおそ松兄さんのような気がして。一松兄さんに言われた通りに「おそ松兄さん!松姫(まつき)!」と声をあげれば、どうやら勘は的中していたらしく、遠くに見えるおそ松兄さんらしきシルエットが手を振ったのがわかった。……が、遠くにいるせいか、それともこの暗闇の所為か、松姫(まつき)の姿が見えなくて。
トド松の第六感は侮れないよね。ずっと前に松姫(まつき)に言われた言葉が、どうしてこのタイミングで思い出されてしまうのだろう。



(160709)





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