迎えに来てくれるという電話から1時間程経ち、日も完全に暮れてしまった頃。ちゃんと出会えるようにトド松とメッセージで連絡を取り合いながら歩いていたはずの松姫(まつき)が、ふと何の前触れもなく立ち止まった。そんな松姫(まつき)と繋いでいた手が後ろに引っ張られる形となり、そこでやっと振り返る。けれど、松姫(まつき)は何を言うでもなく、ただ下を向いていて。 「どーした?疲れちゃったか?」出来るだけ優しい声色で話しかければ、聞こえるか聞こえないかくらいのか細くて小さな声がぽつりと零れ落ちた。
「にーちゃん、おんぶ、して、」
途端、ぐらりと崩れそうになる松姫(まつき)に手を伸ばす。地面と激突しなくて良かった、なんて安心しながらも、心臓はバクバクとうるさく音を立てた。それもそのはずで、抱き留めた体は、今まで全く気付きもしなかった自分が悔しくなるくらいに熱く、ぐったりした様子からも発熱していることは明らかで。大丈夫か、なんて言葉が口を衝いて出て来たが、最早何の意味もなさない。
「いつから具合悪かったんだよ。」 「……歩いてる時、なんか、体重くて、」 「もっと早く言ってくれれば良かったのに、バカだよなぁお前。」 「ごめん、なさい、」 「んーや、俺も気付けなくてごめんな。」
背負った背中は熱く、少しずつ湿っていく肩にズキリと心が痛んだ。 昔からずっと健康な男達に比べて一人だけ体が弱い方だった松姫(まつき)は、制限こそされないものの体調を崩しやすかったり、風邪をひいた時には喘息の発作が起こったりもしていた。喘息の症状的には軽度のものだとは知っていたけれど、元気な俺達にしてみればそれでも死んでしまうのではと不安になるものだったの覚えている。とは言っても、遠足など行事ごとの次の日は必ずと言っていいほど発熱していた松姫(まつき)も、成長するにつれて少しずつ体が強くなっていって。最近ではあまり見なくなったから殆ど治ったものだと思っていたのだけれど。 数か月前、ニートは恥ずかしいからとコンビニでパートとして働きだした松姫(まつき)の体は、少しずつではあるが着実にストレスが溜まっていたんだと思う。
「あのさ、頑張るのは良いけど、あんま無理すんなよ。」
にーちゃん。こいつは限界まで辛くなった時だけ俺達兄弟のことをそう呼んで甘えてくる。昔からの癖だからか、今も尚、本人には全く自覚が無いらしい。いつの間にか呼んでくれなくなっていた、なんてことの無いように、俺達もそれについて松姫(まつき)の前では一切触れないようにしているのも原因の一つだけれど。 肩に埋められた松姫(まつき)の頭をポンポンと優しく叩けば、掠れた「ごめんなさい」が夜道に消えていった。
(160623)
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