本当は、ちょっと暢気なことを言ってみせてこの辛い現実から少しでも目を逸らせれば良い、なんて気遣いのつもりだったのに。松姫(まつき)に怒られたから、つい俺もムキになっちゃって。どっちが悪いかと言われればお互いに悪かったけれど、俺は長男であり、松姫(まつき)は家族全員の愛すべき一人娘だ。俺が守らなきゃならないのに置いていこうとするなんて、最低だ。 足を止めて後ろを振り返れば、見るからにテンションの下がった松姫(まつき)が夕日を背にトボトボと歩いていて。俯いたその姿から表情は見えないけれど、きっと泣きそうな顔をしているということは兄弟だからか、すぐにわかった。
「松姫(まつき)ー、怒ってごめんなぁ。」 「…………、」 「にーちゃんもう怒ってないから!ほら、手繋ごう?」 「…………ん、」
差し出した手が弱々しく握り返されるのとほぼ同時に、ポタリと一滴の雫が地面を濡らして、それからズズッと鼻を啜る音。小さい頃から何度も見てきたはずの光景なのに、いつまで経っても心が苦しくなってしまう。それほどまでに大切な妹の頭を優しく撫でた俺は、先程までの半分以下のスピードでゆっくりと歩き出した。
「……りんご。」 「……ごりら、」 「ラッパ。」 「パセリ、」 「えぇ!そこはパンツじゃねーの!?」 「……下品な男達と一緒にしないで。」 「だってそんな下品な男達の兄弟じゃん?」 「っふ、ははっ、そうだね。」
急に立ち止まる松姫(まつき)に、もしかしてまた傷つけたんじゃないかとドキドキしたけれど、どうやらそうではなかったらしい。溢れ出した笑い声と、それと一緒に綻んでいく松姫(まつき)の表情に、俺の顔も自然と緩んでいく。やっぱり大切な人には笑顔でいてほしい、そう思うのは当然だろう。 松姫(まつき)が笑顔を取り戻した、丁度その時、聞きなれた機械音に二人の体がビクリと揺れた。慌てて電話に出た松姫(まつき)の言葉から察して、誰かが迎えに来てくれることになったらしい。持つべきものは兄弟である。
「電話、何だって?」 「んー、なんかね、一松が運転してトド松と来てくれるんだって。」 「はぁ?一松?」 「うん。珍しいよね。」
こういう時に好感度を上げようとしてくる弟達の恐ろしさに、何年も気付かない松姫(まつき)。苦笑いを浮かべる俺に、彼女はこくりと首を傾げた。
(160623)
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