親戚のおばさんはとても優しかった。バスのお金がないのだと言わなくても、遠くまで来てくれたお駄賃だと言って、日本で最も高価な、ゼロが4つもついている紙幣を二人に一枚ずつくれた。それに加えて梨までご馳走してくれて、まさに至れり尽くせりのお持て成しをされたわけだが。至れり尽くせりのお持て成しをしてもらっている手前、どうしても断り切れなかったのである。 事の顛末を言えば、親戚のおばさんの話が長すぎて最終バスに乗れなかった、以上。
「……どーする?誰か迎えに来てくれそう?」 「さっき家に電話したら一松が出たんだけど、やっぱり夜まで車空いてないって。」 「だよなー。それじゃなかったらわざわざバスで来なかったし。」 「車空いたら電話返すって言ってはいたけど……、」 「田舎過ぎてタクシーも通らねーしな。」 「っていうか、流石にタクシーは贅沢過ぎて乗れないよ、あたし。」
お互いに口には出さないけれど、戻ってあのおばさんの話をひたすら聞き続けるのはごめんなのだ。しかも、バスに乗って遠出をするなんて久しぶりだったせいか、知らず知らずのうちに疲れも溜まっていたらしく、帰りたいという気持ちが一層濃くなっていく。黙ってバス停に居るのもなんだからと、ゆっくりと帰り道を歩いてはいるものの、一体いつになれば家に辿り着くのかもわからない。わかりたくもない。
「……なぁ、」 「……何?」 「帰ったらパチンコ行っていい?」
何でそうなった。その言葉が口から零れるよりも先に、あたしの拳がおそ松の頬にめり込む。「そ、そうやって先に体が出るの、お前の悪い癖だぞ!?」なんて、尻餅をついた体勢で頬を擦りながらあたしを見上げたバカに、今度は拳骨という名の制裁を下した。少し黙っていたと思えば、唐突にそんな暢気なことを告げられるなんて思いもしなかったし、それもまさかパチンコの話だなんて。本当はあたしだってこんなに簡単に兄弟に手を挙げたくはないけれど、仕方ないじゃないか。 あたしに借金してる彼が悪いのだ。
「先月の二万、今月の三万。まさか忘れてないよね?」 「……あ、」 「はい、一万没収。残りの四万も早く返してね。」 「ちょっ、えぇ!?こんなとこで!?何も今じゃなくて良くない!?」 「帰ってパチンコに行くなら今しか取り上げられないし。」 「ぬう……!松姫(まつき)のバカヤロー!」
強くなく、けれど弱くもなく。ドスッと体を突かれて思わずよろけるあたしに、おそ松は目もくれず歩き出した。瞬間、あぁ怒らせてしまったのだと後悔の念に苛まれる。先程まであたしに合わせて歩いてくれていたテンポより幾分か早い足取りでずんずん進んでいくその背中に、あたしは掛ける言葉を見失ってしまった。
(160622)
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