25.
「精市くんが好き。」
一秒がとてもとても長く感じた。あたしが次の言葉を見つけられないのと同じように、精市くんも次の言葉を見つけられないようで。見開いた目はあたしを捉えて離そうとしない。既にどのくらい見つめ合っているのかもわからないくらいにゆったりとした沈黙が流れる。
「……え、っと、」
なんとか言葉を出そうとして紡がれた数文字に、精市くんが手の力を緩めるのがわかった。よく考えれば、あたしの一言に会話のキャッチボールなんてものはなかったし、なんの脈略もなかったと思う。つまり、唐突に告白をしてしまった。
「あっ、えっと、その、」
「名無しさん、」
「待って何も言わないで!」
気付いてしまわなければ良かったのに。体温が急上昇しているのは自分自身が一番よくわかっている。顔も耳も熱くて、きっと赤くなっているであろうことは容易に想像できた。だからこそ精市くんには見て欲しくなくて不自然に顔をそらすけれど、そういうことを逃さないのが精市くんだということも承知済み。
「顔、真っ赤だね。」
「……っ、」
「好き。名無しさん、本当に大好き。」
背中に腕を回した精市くんの温もりはあの頃よりも大人で、格好良い。けれど優しく抱きしめてくれるあたりは全く変わってなくて。だからあたしは涙が零れた。自分勝手なことで意地を張って嫌いと言った自分が大嫌いだ。精市くんはこんなにも優しくて暖かい。
「ごめん、なさい。」
「名無しさん?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、」
「名無しさん、どうしたの?」
「あたし、精市くんに嫌いって言って、傷付けて、それに、」
「ゆっくりでいいよ。」
優しく背中を撫でる精市くんは、あたしの顔を覗いて「歩こうか」と微笑む。涙で前は見えないけれど、精市くんの暖かい手があたしをまっすぐ歩かせてくれていたらしい。気がつけばあたしは見覚えのある懐かしい場所に立っていて、精市くんは何も言わずにあたしをそこに迎え入れた。
何年ぶりかのその場所、精市くんの家は相も変わらず幸村家らしい雰囲気が漂う。精市くんの部屋はあの頃と同じ場所だけれど、子供部屋だった様子は全く無くなっていた。
「飲み物持ってくるから座ってて。」
「あ、うん、ありがとう。」
部屋を出ていく精市くんの背中を見ながら、来てしまった、なんて溜息が零れた。流れに乗って部屋まで入ってきてしまったものの、精市くんと何を話せばいいのかなんてわからない。あの頃のように、何でも打ち明けてしまったら、あたしはきっと嫌われてしまう。つまらないことで怒っていただけでなく、精市くんに嫌いと言ってしまった。その事実は変えられない。
こんなにも好きだったことにもっと早く気付けたら良かったのに。
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