大きな栗の木の下で | ナノ


24.


話してしまえば楽になるかもしれないことは分かっているのに、話せない。その理由を自分で気付いていないわけじゃないけれど、口に出して認めてしまうのが怖かったから。だから、精市くんの質問に答えることはできなかった。
本当は寂しかった、悲しかった、会いたかった。だって、あたしは。

「とりあえず、帰ろうか。」
「うん。」

精市くんは昔から変わらず、すごく優しい。あたしはこんなに精市くんを傷付けてるのに、あの頃のように笑顔を向けて手を差し出した。それが無意識なのか意図的なものなのかはわからないけれど、差し出された手を握らない理由も見当たらない。震える手をそっと重ねれば、精市くんは少しだけ手に力を入れたのがわかる。

「学校にはもう慣れた?」
「まぁまぁ、丸井くんと仁王くんが居るから。」
「そっか、良かった。あ、丸井にお弁当取られたりしてない?」
「大丈夫だよ。……多分。」

うまく喋れているだろうか、声が震えてないと良いけれど。丸井くんや仁王くんと話す時のように話せないのは、久しぶりだからなのか、精市くんだからなのか。本当はもっと素直に会話をしたいのに、気がついた頃にはあたしの目が爪先を見つめていた。
そのことに精市くんが気付いたのかどうかはわからないけれど、不意に足を止めた精市くんはあたしの腕を引いてあたしの動きを止める。

「……名無しさん、一つだけ教えて。」
「……、いいよ。」
「俺のこと、本当に嫌い?」

繋がれた手に力が込められていて、精市くんが本気で話しているということはすぐにわかった。だから、あたしが小さな見栄を張れば、ここで全てが終わってしまうということも容易に想像できてしまった。言いたいことも、言わなければいけないことも分かっている。あたしに足りないのは勇気だということも。
だから、もしかしたら、知らぬ間に手に力が入ってしまっていたのかもしれない。

「俺はまだ、名無しさんが好きだよ。」

あたしが言葉を紡ごうとしたのと同時に精市くんはそう言った。まるであたしの背中を押すように発せられたその言葉が、あたしの脳内で何度も繰り返される。

「名無しさんにはもう会えないと思ったのに、保健室で待っていたのは名無しさんだった。ダメ元で手を差し出したつもりだったのに、名無しさんは昔と変わらずに握り返してくれて、本当に嬉しかった。だから、少しだけ期待してるんだ。嫌いって言われたのにおかしい話だよね。」

そう言う精市くんの目が潤んでいることに気付かないほど、あたしは鈍感じゃない。けれど、言いたいことはたくさんあるのに言葉にすることができなくて。声を出すことってこんなに難しいことだっただろうか。顔を上げて、目を合わせれば、精市くんは優しく微笑む。言わなきゃ、言わなきゃ、言わなきゃ。本当は寂しかったことも、悲しかったことも、ずっと会いたかったことも。だって、あたしは、

「精市くんが好き。」


prev / next

[TOP]