大きな栗の木の下で | ナノ


21.


すれ違うたびに彼女を目で追いかける精市。それに気付いているのだろう、視線を戻した精市の背中を見つめる彼女を幾度となく見た。精市が彼女に嫌われたと泣き喚いていたあの日、廊下で見かけた彼女もどことなく泣いているように思えたのは、気のせいではないはず。確率論ではなく、本能的に、彼女もまた精市が好きなのだと気付くのにそれほどの時間はかからなかった。

「とりあえず部活が始まるまでは俺達もここに居よう。」
「急に二人きりにしたら何を口走るかわからなんからの、誰かさんは。」
「名無しさんなら大丈夫だろい。」
「ちゃんと話し合えるように、頑張る。」

先程から名無しさんの頭を撫でている丸井も、意地悪いことを言いつつも「頑張りんしゃい」なんて言う仁王も、彼女に好意を持っているということに間違いはないだろう。特別魅力的なわけではないけれど、異性に好かれやすい。その辺りも精市によく似ている。それからもう一つ。

「……でも、あたし、精市くんに嫌われてないかな、」

好きな人に嫌われることを恐れているところも、そっくりだ。だからこそお互いに小さなことで傷つき、傷つけ合っている。ということに早く気づいてくれないだろうか。俺ばかりがもどかしい気持ちになっている気がしてならない。

「そればっかりで進歩ないぜよ。」
「そうそう。精市くんに嫌われるはずないわ!おほほほ!くらいの気持ちで居ろよ。」
「あたし、そんなに高飛車な女になれる自信ないんだけど。」
「寧ろそんなに高飛車な女、幸村は苦手じゃろ。」
「イメージの話だっつーの!」

とはいえ、丸井と仁王の存在は名無しさんにとっても精市にとってもプラスになっていることは間違いない。それはきっと、自分に嘘をつかず素直で正直に生きる二人だからこそ。
……それにしても、丸井は名無しさんに触りすぎじゃないだろうか。精市がいつ目を覚ますかわからない状況でスキンシップを取るということがどういうことかわかっていないのか。それとも、自分が名無しさんに触れていることすら気付かずにやっていることなのか。

「重症だな、」
「え、幸村くんが?」
「ブンちゃんは気付かないままが可愛いぜよ、なぁ柳。」
「は?どういう意味だよ。」
「何の話?」

きょとん、という言葉がにあっているだろう名無しさんを他所に、始めから分かっていたのか、仁王はクックッと喉で笑う。全くもって理解していない丸井も丸井だが、そんな丸井に目をつけている仁王もまた。

幸せは人の不幸の上に成り立つ、それ以外の道はないのだろうか。



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