大きな栗の木の下で | ナノ


20.


柳くんが発した言葉を脳内で何度か繰り返してやっと理解するのに一体何分かかったのだろう。

「精市が倒れた。」
「どういうことじゃ、」
「病院に行ってみない限り原因はわからないが、ここ最近調子が良くなかったらしい。」
「それは、あたしが、」
「まさか精市がストレスだけで倒れるとは考えにくい。名無しさんが気に止む必要はないだろう。」

そう言って、柳くんは保健室の一番奥に備えられているベッドのカーテンを開けた。あたしの記憶の中では強くて逞しかった精市くんの青い顔を見るのは生まれて初めてかもしれない。柳くんの言うことを信じられないわけではないけれど、あたしが精市くんを傷つけたという事実に変わりないじゃないか。

「いつ倒れたんだ?」
「昼休みの終わりだ。それから何度か目を覚ましているから大丈夫だと思うが、今日の部活には参加できる状態じゃないな。」
「それじゃあ柳、授業は?」
「俺もサボっているのと変わりない。」

精市には貸しだな、なんて笑う柳くんはとても優しい人だと思う。あたしの小さな我が儘で「嫌い」だなんて傷つけて、倒れるまでに精市くんを追い込んだあたしとは大違い。あたしが柳くんみたいにおおらかで優しい人だったら、精市くんにこんなに辛い思いをさせなくてよかっただろうに。
あたしはやっぱり精市くんと話をしなければいけない。つまらない意地を張って、勝手に嫌いになって、謝らなきゃいけないのはあたしの方。

「部活は弦一郎に任せて、俺は精市を送ろうと思う。」
「げ、それじゃあ真田が暴れたら誰が止めるんだよ。」
「弦一郎が暴れないようにお前達がしっかりすれば良いだろう。」
「あー、それはそのー、」
「……あたしが送る。精市くんの家も知ってるし、家族もちゃんと知ってるから。」

言えば、丸井くんは「大丈夫か?」と不安げな顔をするけれど、あたしは何も言わずに頷く。あの日からずっと嫌いだった、けれど会いたかった。丸井くんが不安そうな顔をするのは無理もないことで、あたしだって不安でいっぱいだけど、あたしは精市くんを傷つけたいわけじゃない。頑張れよ、といつものように頭を撫でる丸井くんの手は、やっぱり暖かい。

みんながいるから前に進まなきゃって思える。


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