大きな栗の木の下で | ナノ


12.


追いかけてどうするわけでもなかった。追いかけてきたことを後悔するくらいなら追いかけなければ良かったのに、あたしはどうして追いかけてきたんだろう。部室から聞こえる精市くんの泣き叫ぶような声が、ズキズキと胸に刺さっているようで苦しい。自分勝手な思いで嫌いだと言って突き放したのはあたしの方なのに。

「戻ろう、」

ここにいて何ができるわけでもないし、あたしは精市くんを許そうと思ったわけではない。ただ、不意に視界に入った精市くんが泣いているとわかったとき、何故かとても胸が痛くなった。それから気付けば追いかけていて。
精市くんの声に背を向けて歩き出すのはとても罪悪感があって、本当、罰があたっても仕方のないことをしていると思う。教室に戻るのと殆ど同時にチャイムが鳴って、あたしはまっすぐ席についた。

「名無しさん、今戻ったんか。」
「うん。」
「遅かったな。先生に捕まってたのかよ。」
「それもあるけど、寄り道。」
「ほう、寄り道のう。」
「な、何。」
「何でもないぜよ。」

お前に寄り道するような場所なんてないじゃろ、とでも言いたげな仁王くんだったけれど、その言葉は飲み込んでくれたらしい。ただ、皮肉めいた笑顔だけをこちらに向けた。かと思えば、不意にその笑顔を崩して「そういえば、」と話を続けるから、あたしの顔が思わず引きつる。
仁王くんのこんな真剣な表情を見るのは初めてかもしれない。

「幸村に頼まれごとをされた。」
「…………え?」
「じゃけぇ、内容聞く前に断ったぜよ。」
「どうして、」
「名無しさんと幸村に何があったんかも知らん、名無しさんが幸村とどうなりたいのかもわからん、それで頼みごとなんて安請け合い出来るわけないじゃろ。」
「…………ごめん。」

思い出したくないから話さないわけじゃない。話せないわけでもない。ただ、話してしまうとあまりにくだらなくて、あたしの狭い心を知られてしまうのが怖いだけ。そんなに小さい人間なんだと呆れられるのが怖い。
声になるかならないかくらいの小さな音で一言紡げば、丸井くんはぽんぽんと優しく頭を撫でてくれた。

「別に無理に話せってわけじゃねーけど、俺は話の内容がどんなんだろうと今の関係をどうこうするつもりはないから安心しろい。」
「もしもあたしが最低なことをしてたとしても?」
「今、俺の目の前にいる名無しさんは最低なんかじゃねぇと思うけど。」

そういってにこりと笑う丸井くんに、あたしはとても安心感を覚えて泣きそうになるのを必死に堪える。今の彼らになら話してもいいかもしれない。もしも話して、彼らが離れていってしまったとしたら、それはあたしの自業自得だし。
けれど彼らはきっとあたしの傍にいてくれる。そう信じられるのは丸井くんの温かな手のおかげだろうか。


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