大きな栗の木の下で | ナノ


11.


転入して一ヶ月も経てば、先生が容赦なく雑用を押し付けるんだということをあたしは今日、身を持って学んだ。授業が終わったらノートを回収して理科準備室に持って来い、だなんて女の子に頼むことではないと思うけれど、日直のあたしが文句を言えるはずもなく。だからと言って手伝ってもらうほどの量ではないから、いつもの二人に頼むこともしなかった。

「名無しさんちゃん、ノート遅くなってごめんね。」
「あ、ううん、大丈夫。」
「あたしで最後?」
「そうだよ。」
「そっか、待たせてごめんね。」

はい、と重ねられた最後のノートの持ち主は、あたしに笑顔を向けて「頑張ってね」と。彼女があたしを手伝う気なんて更々ないこともわかっているし、ノートだってだいぶ前に書き終わっていたこともわかっていた。けれど、そんなことを気にしていたら身が持たないのもわかっている。丸井くんと仁王くんに迷惑をかけるなんてことはしたくないし。
あたしが廊下を出た途端に、可愛くない笑い声達が背中から聞こえてきた。

「はぁ、」

溜息も自然と溢れてしまう。あたしは何も悪いことをしていないはずなのに。丸井くんや仁王くんといることは、この学校ではタブーだったらしい。けれどそんなこと転入生のあたしがわかるはずもないし、あたしから話しかけたわけでもない。
それに加えてこの間の精市くんに対する「嫌い」発言はファンの間で噂になってるらしいことを、ファンではない女の子が教えてくれた。悪いことをした罰が当たったのかもしれない。

理科準備室に入ると、さっきまで授業をしていた先生は、次の授業に向けて準備をしている最中だった。

「先生、ノート持ってきました。」
「おう、ありがとうな。そこに置いておいてくれ。」
「はーい。」
「ところで、学校には慣れたか?」
「あぁ、まぁ。」
「丸井と仁王はファンクラブもあるらしいからな、狙うなら今のうちだ。」
「あ、あはは、」

反応に困っていれば、先生は「冗談だ」なんて言って笑う。冗談のようには聞こえなかったけれど。それから「じゃあまた今度よろしくな。」なんて言われて、あたしは理科準備室をあとにした。また今度よろしくされるのか、あたし。

「はぁ、」

理科準備室のドアの目の前で、またしても溜息が溢れた。
すると不意にふわりと風が通って、覚えのある匂いが鼻を掠める。その匂いに無意識に方向転換する体は、自分が思っている以上に素直で。瞬時に視界に捉えた彼に引っ張られでもしているかのように、あたしは必死に追いかけていた。

泣いているのはきっとあたしのせいだよね、精市くん。



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