大きな栗の木の下で | ナノ


10.


「頼みがあるんだ。」

そう言った瞬間に、察しのいい二人の表情が変わるのがわかった。ブン太は表情を強ばらせてこちらを見ないようにしているし、仁王はきっと俺と話す気もないんだと思う。俺を睨むような表情に、全く怯まないわけではない。
「名無しさんのことじゃろ。」そう直球で言い当てる仁王に無言で頷けば、仁王はただ口角を上げた。その表情にどんな感情が含まれているのかは、今の俺では読み取れない。

「お得意のポーカーフェイスも忘れたんか、情けないのう。」
「……お前にはわからないよ。」
「そうじゃな、わからん。興味もない。」
「仁王、その言い方はねぇだろ。」
「これくらい言わんとわからんじゃろ。幸村、俺は名無しさんと幸村の仲を取り持つような頼みは聞かん。道具にされるなんて不愉快ぜよ。」

一瞬、目の前で何が起こっているのか理解できなかった。蔑んだ目で言葉を並べる仁王、それに戸惑った様子を見せるブン太、どちらもがすごく遠い世界の話のような気がして。仁王は元より誰かと仲間だとか友達だとかを深く意識するタイプの人間ではないけれど、はっきりと拒絶を示されたのは初めてだと思う。
そのまま何処かへ行ってしまった仁王の背中は、まるで別の世界の住人。

「ごめん、幸村くん。」
「ブン太が謝ることじゃないよ。仁王も間違ってないと思う。」
「そうじゃなくて。幸村くんの頼みのせいで名無しさんが嫌な思いするんだったら、俺も頼みは聞けない。」
「…………っ、そっか。」
「ごめん、」
「わかった、それじゃあ。」

最後までしっかり言えただろうか。誰にも見られてないだろうか。中学校に入ってからは一度も見せていないこの顔は、誰にも見せられない。こんなんじゃ、仁王に何を言われても言い返せないのは当たり前だ。男が泣くなんて。
足早で、出来る限り人の少ない所を通って部室まで行くと、すぐに鍵をかけて座り込んだ。涙が止まらない、体が震えて立ち上がれない、声を抑えることもできない。
ただ一人の女の子に嫌いと言われただけなのに、仁王とブン太が言っていることが正しいのもわかっているのに、こんなにも弱い自分が情けなくて悔しい。

名無しさん、大好きです。



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