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  08.やっぱり気に食わない


数日後の金曜日、その日は突然訪れた。体育館の整備関係の事情で、久しぶりに土日両方とも部活が休みになった花巻が、頭を下げてまで「是非ともデートさせてください」なんて言うもんだからあたしも二つ返事でOKしたまでは良かったのだ。急に決まった2日間をどう埋めようかなんて、悩んでいる暇すらなく。そして何より、部活とシュークリームにお金を使ってしまう花巻は、親の給料日前であるこの時期は特別金欠なのだとか。

「んー、じゃあ俺ん家来る?」
「……ん?」
「家で映画見たり、ゲームしたり、とか……。あっ、いや!寝るのは姉貴の部屋とかで良いから!そういう事じゃなくて!本当に!」
「え、うん、良いけど。」

まだ一文字しか口にしてないし、別に反対しようなんて気持ちもない。もっと言えば、花巻が顔を真っ赤にしてまで気を配ってくれたのであろうアレコレについては、本当に心の底から考えてなかったのだけれど。一生懸命に言葉を紡いで、どうにか(立ってもいない)誤解を晴らさんとする花巻は、まるで回し車で走るハムスターのようで可愛い。その上、すんなりと「良い」と答えるあたしにビックリしすぎて、数秒程固まってしまう所はもっと可愛い。
「良い、の……?」恐る恐る、あたしの言葉を反芻するようにそう聞き返してきた花巻に、言葉もないままコクリと頷いて賛成の意を示せば、ぱぁっという言葉がピッタリなほど綺麗に口角を上げた。やった、楽しみ、部屋綺麗にしとく、すっげー楽しみ、楽しみ。よっぽど嬉しいのだろう、語彙力を放り投げて嬉々とする姿に、あたしも自然と口角が上がった。

翌日。どんな服を着ていこうかと昨日の夜から悩みに悩んで選ばれたお気に入りのワンピースを着て、あたしは待ち合わせ場所に指定された駅前に向かった。分かり易い所で待ってて、なんて割と曖昧な待ち合わせに不安を感じながらも、半面、彼ならどこにいても探し出してくれそうでワクワクしながら、駅前で有名な待ち合わせスポットまで足を運ぶ。
結論を言ってしまえば、そんな不安は杞憂でしかなかった。街行く人々より突き出た180p超えの長身に加え、今はもう見慣れてしまったピンク色の短髪。歩く待ち合わせスポット、と心の奥底に浮かんだ言葉に、流石にそれは失礼だと首を振って「花巻、」と彼の元へ向かった。

「おはよ。」
「おはよう。」
「ワンピース、似合ってんな。可愛い。」

付き合って少し経ったといっても、やっぱり花巻からの「可愛い」は嬉しい。と同時に恥ずかしいという感情が飛び出してきて、瞬時に顔を赤く染めていく。ありがとう、聞こえるか聞こえないかくらいの、蚊の鳴くような小さな声でお礼を言えば、ニッと笑ってあたしの頭をポンポンと優しく叩かれた。手を握ることだって最初は顔を真っ赤にさせて、震えた手を差し出しながら「握っていい?」なんて言ってきたのに、今ではすんなりと手を取られるもんだからあたしの心臓がうるさく高鳴る。どんどん好きになっていく右肩上がりの感情線に負けず劣らず、彼のスキルも上がり続けるんじゃないかとさえ思える。

「適当に座ってて。お茶とか持ってくるわ。」
「ありがとう。」

相も変わらず優しい彼は、部屋に着いて落ち着く間もなく飲み物やらお菓子やらを準備してくれて、まるで店員の様に「何する?」なんて、優しいというよりソワソワして黙っていられないという方が正しかったかもしれない。映画見る、漫画読む、それともゲーム?どこかで聞いたことのある新婚夫婦のような言い回しでそう聞く彼に「じゃあゲームで」と答えれば、またすぐにテキパキと準備を始めるもんだから可愛さのあまりニヤけてしまう。勿論、彼にはバレないように、こっそりと。

それから数時間、雑談や休憩を交えながらゲームを楽しんだ頃のこと。「ただいま」と遠くの方で聞こえたかと思えば、タタタッと駆け足くらいの速さで足音が聞こえ、すぐにガチャリとドアの音。あたしの処理能力を上回るほど颯爽と現れた綺麗なお姉さんは、花巻ではなくあたしに視線を向けて「名無しさんちゃん!初めまして!」と体当たり、ではなくハグをしてきて。どうやら歓迎されたようでホッとしたのも束の間、花巻の「母さん、名無しさんがビビってる」という言葉を聞いて硬直したのがついさっきの話だ。

「お姉さんだと思った……」
「及川達もそんなこと言ってた」

数分後。お昼ご飯を済ませていなかったあたし達にスパゲッティを振舞ってくれたお姉さん、基、美人でお若いお母さんは、その上デザートにとシュークリームまで買ってきてくれて。花巻と付き合っているのにこんなことを言うのもおかしな話かもしれないが、本気でこの家に嫁ぎたいと思ってしまった。優しくて気さくでとても話しやすいその姿は、当たり前かもしれないが、しっかりと母から子へ遺伝されているように思う。どうやら、世間的に懸念されている嫁と姑の問題については、一切の心配をせずとも済みそうだ。

「デザート、すぐ食う?」
「ううん、たくさん食べたから少し休憩したい」
「おけ。三時のおやつにしようぜ。」
「そうする」

昼食を食べ終えてからは、お喋りをしながらまったりとした時間を過ごした。その内容に大した意味はなく、けれど二人で笑いあってしまうような、所謂くだらない会話というやつ。それでも楽しいなんて、やっぱり花巻が好きだから思うことなのだろう。
少しした頃「トイレ行ってくるね」と立ち上がるあたしを見て「じゃあデザート持って来とく」と花巻。一緒に居間へ向かい、寛ぐ花巻のお母さんを見て、やっぱりお姉さんに見えるなぁなんて思いながら通り過ぎ。用を足した所で「名無しさんちゃん、」と声を掛けられた。それから耳打ちするように「何かあったら指の一本や二本、やっちゃって良いからね」と、これまた気さくに言われてしまって、曖昧な返事を残して戻った部屋にて。床に擦り付けるように垂れ下がったピンクが一つ。あぁ、この光景は見覚えがある。土下座ってやつだ。



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