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  07.友好の握手


その翌日。あれから一切花巻に口を開かないあたしに、食べ物の恨みは恐ろしいという言葉は正しいのだと身を持って体験したであろう花巻は、時間があればあたしに土下座をしに現れた。がしかし、シュークリームのことは代品を持ってこない限りは許さないつもりだし、それ以前に、背の高い花巻の頭が常にあたしより下にあるというこの状況が楽しくて仕方がない。ドS心が擽られている真っ最中である。

「本当にごめんなさい。」
「…………」
「しかも貰い物だったなんて知らなくて、ホントごめん。」
「…………」
「じゃっ、じゃあ明日の放課後、デートしよ!ケーキバイキング!シュークリームも美味しいって所、この間及川が教えてくれてさ!奢るから!」

瞬間、ピクリと体が反応してしまったのが自分でもよく分かった。シュークリームが美味しいと噂のお店でケーキバイキング、しかもデートという単語を出されてしまうと、結局彼のことが好きなあたしにとっては負けを認めざるを得ない。おまけに「奢るから」という言葉を強調され、土下座の体勢から上目遣いにあたしを見てくる花巻は、もしかしたら相当なやり手なのかもしれないな、なんて頭の片隅で思いながらも気付けば返事の代わりに頷いてしまっていた。

翌日、まんまと花巻の策略に嵌められてしまったあたしは、自分でもよくわかるくらいに浮かれていて。今日はシュークリーム戦争なんて高みの見物だし、お昼のデザートが無くても物足りなさなんて一切感じない。友達が「今日はデザート食べないの?」なんて心配してくるのに対して「今日はちょっとね、」と含んだ言い方で返せば、彼女も察しが良いらしく「デートね」なんてニヤニヤしていた。
そんな時間もすぐに過ぎ、放課後に教室で待っていれば、ひょっこり現れた満面の笑顔の彼にあたしも笑ってみせる。

「悪い、待った?」
「ううん、全然。」

まるでどこかの少女漫画のような彼の台詞に、あたしもそれらしい台詞を返した。今日の部活はミーティングのみなのだと言っていた花巻は、確かに着替えた様子もなく、先程と何ら変わりない姿なのだけれど。よく見れば額にじんわり汗をかいていて、つまり急いで来てくれたのだと思えば、そんな花巻の優しさに心が暖かくなった。「そんじゃ、行くか。」なんて、そんな素振りを一切見せないところも彼らしい。
それからいつものように他愛のない話をしながら目的の店へと向かった。時折、スマホでマップを確認する花巻はいつもより彼氏力が高くてカッコ良いし、それを覗き込めば「着くまで秘密だから!」なんてぷんすかしてみせる彼は可愛い。どの花巻も新鮮だ。

「じゃあ、何か適当に取ってくるから座って待ってて。」

実は常連なんじゃないかってくらいにスムーズに案内してくれた花巻の彼氏力は、店に着いてからも留まることを知らず。ハッキリ言っていつものちゃらんぽらんな彼に、ケーキバイキングデートごときでこんなにときめくなんて思いもしなかった。
二人で分け合えば沢山の種類を食べられるという理由で1つの大皿に色んなケーキを乗っけてきた花巻は、当たり前のように取り皿とフォーク、それから「飲み物何が良い?」なんて何から何までやってくれて。まるでお嬢様と執事のようだ。

「なんかごめん、全部取りに行かせちゃって。」
「良いの良いの。こっちこそ荷物番ありがとな。」
「えっ、うん。」

まさか、荷物番と称されてありがとうまで言われてしまうとは。こんなに優しくされることなんて滅多にないせいか戸惑いを隠せずに居れば、彼は席に着くなり飲み物を一口飲んで、それから「そう、言えって、及川が。」と。聞けば、部活仲間の及川くんと松川くんに前々から何度も相談していたらしく、カッコいい彼氏になれるように彼なりに努力していたのだとか。
確かにカッコいい花巻はすごい好きだけど、そうやって頑張ってる花巻とか、今みたいに美味しそうにケーキ頬張ってる花巻とか、そういう可愛い花巻はもっと好き。そんなあたしの気持ちを一切隠すことなく口にすれば、フォークに刺さったイチゴと同じくらい真っ赤になった花巻は、ただ一言「甘すぎ……、」と零した。



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