CPW | ナノ


  05.許さない、許せない


結局、教室でキスをしてしまった俺はその場の全員にはやし立てられながら名無しさんにちゃんと告白し、同学年内では公認と言えるほどに有名なカップルとなってしまった。名無しさんを奪うような輩を遠ざけるためには好都合だけれど、廊下を歩けば指をさされるこの恥ずかしさはもう少し耐えなければならないかもしれない。
まぁ、そんなことはシュークリーム戦争には一切関係なく。今日の勝者であるサッカー部の主将を名無しさんと二人で睨みつけたのはついさっきのことだ。

「何でこんなに美味しいのに一つしか売ってくれないの、おばちゃん!」
「ほんとそれな。繁盛すると思うけど。」
「競争を楽しんでるとしか思えないよね。」

三年になってからまだ日は浅いが、その短期間でこんなにも積もってしまった不満を素直に口に出した名無しさんは、きっと相当シュークリーム気分だったんだと思う。実を言うと、名無しさんと同じ周期で食べているせいか、俺も今日はシュークリーム気分だったのだ。
しかしこれはチャンスでもあるんじゃないか、不意にそんな考えが浮かんで。廊下のど真ん中でにやけそうになる顔を手で覆って隠しながらも、チラリと名無しさんに目を向ける。都合良く、今日は体育館の点検で部活が休みなのだ。デートに誘うにはもってこい。
今日デートしよう。いや、それだと直球すぎて面白くない。今日部活休みだから遊ぼう。うーん、これだと部活無いから暇潰しみたいに聞こえるかもしれない。前にくれた駅前スイーツのとこ、店内で食べれるらしいな、今日暇なら行ってみるか。……これくらいのノリで良いだろうか。

「……何、どうしたの?」
「えっ、あ、いや!」
「そんなに見られても、あたしからシュークリームは出てこないからね?」
「そこまで見境無くなってねーから!」

時間にすればほんの数秒だけれど、気付けば名無しさんを見つめてしまっていたらしい。俺の視線に気が付いて俺を見上げる名無しさんに、まだこの距離感に慣れていない俺の心臓がビクリと脈を打った。純粋に俺との会話を楽しんでケラケラと笑う名無しさんはきっと、こんな俺の戸惑いなんて知りもしないだろうけれど。とりあえずデートに誘わなければ、そう意気込んで、よし今だ、なんて小さく息を吸う。と、同時。

「マッキー!名無しさんちゃん!」

聞きなれたうるさいテンションの声に、俺は思わず溜息を零した。……ってのは秘密で、まるで何事もなかったかのように普段通りその声に体を向けた。名無しさんはと言えば、暢気に「あ、及川だ」なんて。名無しさんの言葉通り、振り向いた先に見えた及川に、俺はもう一度、今度は意図的に溜息を零して見せる。
タイミングが悪いにもほどがあるし、そもそも名無しさんと一緒の時にお前には会いたくなかった、っていうか部活以外ではあんまり会いたくない、うるさい帰れ。なんて、途端に不機嫌MAXな俺の心が及川を邪険に扱うが、そんなことを知りもしない及川は相変わらずの爽やか笑顔を俺に向けた。

「丁度良かった!二人に用事があってさ、今日の放課後空いてる?」
「え?あたしは空いてるよ?」
「じゃあオッケーだね!」
「ちょ、待って。」
「なぁに?マッキーはどうせ空いてるでしょ?」

なんてことでしょう。まるで俺は予定のない男みたいな言い方しやがって、予定入ってたらどうするんですか。爽やかイケメンでちょっとモテるからって、男女差別激しすぎやしませんか。とりあえず一発殴らせろ。
それを声には一切出さずに、結果論で一発殴れば「暴力良くない!」と最もな反論が聞こえた。けれど一つ言わせてほしい。俺だって理由もなく殴るような暴力的な人間に成り下がったつもりはない。とどのつまり、ムカついたから殴ったのだ、けれど相手が相手だから許してほしい。

「……ところで、何の用なわけ?」
「名無しさんちゃんとマッキーが付き合ったお祝いしようと思って!」
「は?」
「放課後、部室でみんな待ってるからね!じゃ!」

嵐のよう、とはまさにこういうことを言うのだろう。黄色い声を浴びながら、及川は文字通り嵐のように去っていった。まぁ、俺にとっちゃそんなことは心底どうでも良くて。「なんか、ごめん」と同じ部活のメンバーが迷惑をかけるであろうことを先に詫びれば、名無しさんはニコリと笑って「ううん、暇だったから良いよ。」なんて、そういうことじゃないけれど、まぁいいか。

放課後、安易な考えでロシアンシュー、つまりわさびやからしが入ったシュークリームを俺らに差し出し「シュークリームを粗末にするな!」と名無しさんに延々説教された男子バレー部一同の雄姿を俺は忘れない。シュークリームを粗末にしたことは一生許すつもりもないけれど。



prev / next

179487[ back to top ]