CPW | ナノ


  04.敵か味方か


「ほい、及川から貰った。」
「え!」
「食うだろ?」

先程、及川からぶんどった、じゃなくて貰ったシュークリームを半分こして名無しさんに渡せば、すぐに俺が望んだあの表情を向けた。「やっぱり美味しいね!」なんて顔を綻ばせる名無しさんは、勿論可愛くて。
シュークリームを食べるために開けていた口から言葉がポロリと零れてしまったのは、あくまでも無意識の中での出来事だった。「可愛い」そう言う俺に彼女は疑問符を浮かべて俺に視線を向け、俺はといえば自分が何を言ってしまったのかを理解できず、名無しさんと数秒視線をぶつけ合った後に自分の失態に気付いて。全身の熱が顔に集まったんじゃないかと思えるほどに顔だけがやたら熱くて、なんて言い訳しようか考えながら彼女に視線をやれば、同じように顔を真っ赤にする彼女が映った。二人してシュークリーム片手にパタパタと手で顔を仰ぐ姿は、傍からどのように見えているのだろうか。

「ちょっと今の、ミス」
「ミスるならもっとマシなミスにしてよ……!」
「や、なんか出ちゃったっていうか、」

出ちゃったってどういうこと、と顔どころか耳まで真っ赤にさせて言う名無しさんに、そういえば出ちゃったってのもおかしいな、なんて。自分で墓穴を掘ってしまったことに後悔の念が押し寄せる。けれど、心の奥底に浮かんでしまったほんの少しの希望のようなものが、そんな後悔すら撥ね退けて俺の口を開いたかと思えば、予想もしていなかった言葉が飛び出した。
でもやっぱり本音だったりして。
そう言って上がる口角に、名無しさんの目が開かれていくのがわかった。それもそうだろう、俺だって自分がこんなこと口走るなんて思いもしなかったんだから。数秒の後に「え?」と一言だけ絞り出したかのように発した名無しさんに、いっそ腹を括ってしまおうと言葉を付け足す。

「だからさ、普段から可愛いとは思ってたけど、最近もうそろそろ我慢できなくて声に出ちゃったってこと。」
「え、は?ちょっと待って、」

俺の前に、ずいっと手のひらを差し出して、空いた片手で頭を抱える名無しさん。考えるからちょっと黙ってて、的なポーズらしい。眼前に現れた手を見て言葉を発せられるほど頭の回転が速くない俺は、黙ってその動向を見守った。そうすれば、少しして下げられたその手の向こう側には、相変わらず顔を真っ赤にした名無しさんがいて。

「あたし、こういうの、慣れなくて、」
「可愛いって言われるの?」
「それもあるけど、それだけじゃなくて、」
「……ん?」
「あたしも花巻のこと、可愛いなって思っちゃたの。食べてるところも、可愛いって言って顔真っ赤にするところも、そういうの全部、男子に思ったの初めてで……。」

言われて、今度は俺が名無しさんの前に手のひらを向ける番となってしまった。さっきのとは違う、もう何も言うな、の意味だけれど。「ちょっと、もう降参」と音を上げれば、タイミングよく現れたクラスメイトの男子達に真っ赤な顔を笑われて、あぁもう無理だと恥ずかしさを隠しきれずに座り込む。
お前ら何の話してたの、顔赤すぎんだろ、花巻が純粋なやつで安心したわ。そんな失礼な会話が頭上で繰り広げられると、蹲ったは良いが今度は恥ずかしさで顔を上げられなくて。もうどうにでもなってしまえと頭上の会話を放置して黙り込む。

「お前、花巻のこと好きなの?」
「えっ!?あ、あたしが!?」
「なんだ、両想いじゃん。良かったな、花巻。」
「ちょっと待って、あたしまだ何も」
「そんな顔真っ赤にして言われてもなぁ。」
「そ、それは、その……。」

そういえば、と手の内に残っていたシュークリームを口に運びながら、出来るだけ味覚に集中しようと努めるけれど、そんな俺の意思は関係ないらしい。するりと耳から侵入してきた音を脳が言語として認識し、その意味をゆっくりと理解しようとしていく。無理矢理にでも、今まで食べたシュークリームのことを思い出してみたり、部活のことを思い出してみたりと、思考を別の方向へと持って行こうとするけれど、馬鹿みたいに一直線な俺の思考は寄り道を受け付けてくれない。
「っつーか、花巻ももうそろそろ告れば?」そんなクラスメイトの声が聞こえるが、そんなに簡単に告白出来るのならとっくにしている。しようと思ったことがなかったわけじゃないのだ。けれど、まだ早いだとか、今はタイミングじゃないだとか自分に言い訳して逃げてきた。俺がこんなにもビビりだなんて、俺自身が一番驚いてるくらいなんだから、もう少しゆっくり、自分のタイミングで告白させてほしい。だから告るとかそういう話はまだ…………ん?

「ちょっと待って。今なんて?」
「聞いてたのか。早く告れよって話。」
「え、待て待て。俺そんなこと口走った?」
「いや、お前が……お前らがわかりやすいだけ。」

まぁ頑張れよ、なんて背中を叩いて席に戻っていくクラスメイトの背中をぽかんと眺める。両想い、そう彼らは言っていたけれど、勿論自分自身ではそんな自覚がない。だからこそ告白なんて出来なかったのだけれど。名無しさんを見れば、同じように真っ赤な顔でぽかんとして、それから不意にこちらを向く。言葉に困っているのかパクパクと動く口に反して声は一切出ていないが、それは俺も同じだった。口を開くけれど言葉は何も浮かばず、声らしい声も出てこない。それでも何かしなければ、と思ってしまったのは俺の男としての本能が疼いたからかもしれない。

男としての本能を悔やんだのはその数秒後。
教室の片隅で唇を合わせる俺達に視線が集まった。



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