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  10.分かち合う痛み


放課後、部室で及川を見つけると同時に胸倉を掴んでシュークリームの件を問いただせば、いつものように何となく買えちゃったから、と。自分で食べても良いけれど、誰かにあげても良いし、なんて考えてたところに偶然通りかかったのが名無しさんで、ほんの少し俺に悪戯する気持ちで「一人で食べて」と言ったのだとか。それで名無しさんがどうするのかを検証するつもりが、その後に俺からシュークリーム事件を聞くことになり、結果として俺の元に渡ることは無かった。「ごめんね、マッキー。悪気はなかったんだけど。」眉を下げてそんなことを言われても、気に食わないもんは気に食わないのだ。本日二度目、及川へと花巻ビンタ炸裂。

「暴力良くないってば!」
「大丈夫、及川にしかやらないから。」
「もっと良くないよ!?」

ギャーギャー煩い及川を放って着替えに移れば、左右のロッカーを使う松川と岩泉に「お疲れ」だとか「よくやった」だとか労いの言葉をかけられた。ありがとう、よき理解者たち。マッキー酷い、だの何だのと未だに喚いている及川については、岩泉様からの鉄槌が降り注いだのでしばらく静かになることと思う。
「あ、そういえばさ、」及川に対する岩泉様のお説教をBGMに着替えていれば、不意に松川が俺を見てそう零す。その言葉が俺に向けられていることは明白で「なに?」と返したのだけれど、いつの間にか松川の視線は俺ではなくスマホに移動していて。聞き間違いだったのかと恥ずかしさに襲われたのも束の間、すぐにスマホから顔を上げた松川は、今度は俺の視界をスマホに向けさせた。

「これ、花巻に教えようと思って」
「なんだこれ……あ!シュークリーム!」
「ん、そう。来週から駅前のカフェで提供される新作らしい。」
「何でそんなこと知ってんだよ」
「クラスの女子が話してたから、誰かさんが仲直りするのに良いんじゃないかと思って聞き出しといた」

そう言って、ニヤリと笑う松川。誰かさんなんて勿論俺のことだと思うし、仲直りする相手っていうのは名無しさんとのことだと思う、それはわかってるんだけど。こんなにもあっさり解決策を見つけ出してくれる松川の神がかり的な凄さに、感謝の言葉すら出て来ずに立ち竦む。
あ、ありが、と。絞り出された俺の気持ちはあまりにも不格好で、それが面白かったのか、クスクス笑った松川は「早く着替えろよ」と俺の肩を軽く叩いて部室を出て行ってしまった。カッコいい、なんて少女漫画みたいな感想を抱いてしまったことは俺だけの秘密である。

松川から貰った作戦はその週の日曜日に決行された。
前以て下調べをしてみたけれどやっぱり人気商品ですぐ売り切れるらしく、開店より1時間前に着いたにも関わらず、既に店の前には行列が。それでも期待を胸に二人で開店まで1時間、それから自分たちの番が来るまで1時間並んで、ようやく店内に入れるだろうという頃だった。それはまさに言葉通り「終了のお知らせ」で。

「本日のシュークリーム、終了でございます」
「……え、マジで」
「あたしもうシュークリームしか受け付けない口になってる」
「俺も」

コンビニのちょっとお高いシュークリームで我慢するか。肩を落とす名無しさんにそう問えば、小さく溜息を吐いて、それから「仕方ないね」と小さく笑った。誰が悪いわけでもないけれど、名無しさんにこんな顔をさせた恨みは絶対に晴らしてやる。




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