CPW | ナノ


  11.抗争終結


「……で、結局買えなかったのか」

元々下がった眉毛の松川が、更に眉尻を下げた。昨日の名無しさん程ではないけれど、松川のことだから、自分が提案したものが失敗に終わったと分かって悔やんでくれてるんだと思う。本当に良い奴だ。
まぁ、求めていたシュークリームは食べれなかったけれど、結果的にコンビニのシュークリームは食べたわけだし。その後のデートも何事もなかったのだから、悪い結果じゃなかった。それどころか、新しい標的を前に二人で挑んでいくのがワクワクして楽しいのだ。言っておくけど、学校の激レアシューから手を引くとは一言も言ってない。

「じゃあ仲直りは出来たってこと?」
「た、ぶん?奢らなきゃいけないって雰囲気でもなかったし」
「良かったな」
「んー、そうなんだけど、」

言葉を濁す俺に、松川は首を傾げる。その行動が、俺の言葉の続きを待っているという事はわかるけれど、そう簡単に言葉に表せるほど語彙力を持ち合わせていない俺は「ちょっと待って」と松川を一時停止。こんな俺の我が儘を厭わず「わかった」なんて、話を聞く姿勢で待ってくれて。急かされているわけではないけれど、松川をあんまり待たせるのも悪いと思って頭をフル回転させ、ややあって、絞り出された言葉はあまりにも不格好なものだった。

「……好きだから、」
「うん?」

この場合、松川の疑問詞は大正解だと思う。
つまり、名無しさんが好きなのだ。結論を言ってしまえばそういうことなのだけれど、これだと話したい内容が全く伝わらない。そういうことじゃなくて。

「名無しさんと一緒にシュークリーム食べに行って、でも食べられなくて。新作に並ぶっていうのはそういうことだってわかってるし、学校の激レアシューだって同じなんだけど。なんか、この間はそういう気持ちじゃなかったんだよ。いつもは食べられなくて悔しいって気持ちが全てで、いや、この間だって食べられなくてすっげー悔しいって思ったけど、でも、なんつーか。それ以上に、名無しさんが悔しい顔してんの、なんかすげー悔しくて。不甲斐ない?っつーの?自分が食べられなかったことより、名無しさんに食べさせてやれなかったことが悔しくて。……多分、名無しさんが好きだからなんだなって自分でもわかってるし、勿論本気で好きだから付き合ってるんだけど……、松川も俺がすっげーシュークリーム好きなの知ってるじゃん。そんなのより、もっともっと名無しさんが好きなんだって気付いちゃって、そしたら、俺……、」

急に思い出したように恥ずかしくなっちゃって。
付き合い出した時の衝撃が大きかったから、付き合いたてのドキドキは少なからずあったけれど、そんなに気にして来なかったのだ。その反動なのかもしれない。名無しさんの顔を見れない程にドキドキして、今まで以上に心臓がうるさく高鳴って、思考回路はショート寸前まで追い込まれる。
「どうしよ、松川!」さっきまで真剣に話を聞いてくれていたくせに、この肝心な所で目を逸らした松川は、それから一言「シュークリームでも食べてれば?」と雑なアドバイスを投げつけて逃げるように去っていった。良い奴だって思ってたのは気のせいだったかもしれない。

松川のアドバイスとは関係ないが、俺の逃げ道はシュークリームしかないわけで。久しぶりに戦利品を手に入れた俺は、ウキウキしながらいつものように名無しさんの元へ向かった。平常心、平常心、なんて心の中で唱えたのは初めてだけれど。
教室に入って、名無しさんを見つけて、それから深呼吸を一つ。

「名無しさん!ゲットした!」
「え!すごい!」
「早く食おうぜ!」
「ありがとう!」

目を輝かせる名無しさんが可愛い。嬉しそうに笑う名無しさんが可愛い。早く食べたいって顔も可愛い。にやけないように頑張ってるんだけどニヤニヤしちゃうところも可愛い。なんて、考えれば考える程に震えだす俺の手がバレないように、サッと半分にして名無しさんに渡す。あ、ほら、また笑った、可愛い。ってそうじゃなくて、平常心。
「いただきます」と言って、クリームが零れないように上手に食べ進めていく名無しさんを見ながら、俺もシュークリームを口に運ぶ。それからゴクリと飲み込んで、やっぱり名無しさんの方が好きだな、と。一切名無しさんから視線を外そうとしない自分自身に羞恥が募って、次第に顔が熱くなっていくのを感じながらも、上手い逃げ口を見つけられない貧相な脳みその持ち主である俺は、多分この瞬間ショートしてしまったんだと思う。

「貴大、ありがとう!大好き!」
「っ、そういうの、反則」
「え?」

交わされた唇と、集められた視線。
男の本能を悔やんだのは、確かこれで二度目だったような。


それからのことは覚えてなくて、気付いたら名無しさんの腕を掴んで教室を飛び出していて。好きとか、大好きとか、愛してるとか。確か、言いたいことはたくさんあったはずなんだけど、必要な時に限って何も出て来ないのだから不思議だ。
ただ、一つだけ言うとしたら、そうだな。

「名無しさんがシュークリーム好きで良かった」
「ふはっ、このタイミングでそれ言う?」
「ご、ごめん、」
「あたしも、」
「……?」
「貴大がシュークリーム好きで良かったと思ってるよ」

言って、それから嬉しそうに笑った名無しさんは「ここままシュークリーム食べに行く?」なんて。にやりと口角を上げる名無しさんに俺が抗えるわけもなく、後で及川と岩泉あたりに怒られるかもな、と頭の片隅で思いながらも、首は肯定の上下運動で意思を示した。
「じゃあ行こうか」そう言って、笑い合って、手を取り合って。次はどのシュークリームを狙おうか。
後にシュークリーム戦争(CPW)と名付けられた俺達の戦争は、まだまだ始まったばかり。



(160321〜170504)お題...まねきねこ



prev / next

179490[ back to top ]