ぴーーーーーす | ナノ


  05.


昼休みは昼食を食べるだけで済ませてしまうには結構長く、大体の生徒は友達と駄弁ったり、部活や委員会の雑務をしたりしている。今日の俺は前者だ。たまに部活の連絡を入れるために各クラスを訪れたりしているが、今日は特別連絡事項もなく、平穏な昼休みを過ごせている。
さっき自販機に買いに行ったジュースを二人して飲みながら、ただ雑談をする。この時間がとても幸せだということは、本当に好きな相手が居る人なら分かってくれることだろう。今まで何万回と見てきた名無しさんの表情を見飽きないのも、きっと俺が本気で名無しさんを愛しているからだ。なんて、考えるだけで顔が赤くなってしまうような台詞を頭に浮かべながら、コロコロと変わる名無しさんの表情を俺はずっと眺めていた。

「……な、なに?なんか付いてる?」
「んーん。可愛いから見てただけ。」
「なっ、ばっ、ばか!」
「そんなに照れなくても、幼馴染なのに。」
「だって恋人だもん。」

少し眺めすぎたみたいだ。くつくつと笑う俺を見て、名無しさんは顔を赤くして照れながらもムスッとした。名無しさんから発せられた「恋人」という響きがとても嬉しくて心地良くて「もう一回言って」と言えば、被せ気味に「ヤダ」と言われたから今回は諦めることにする。
ふと、さっきまでムスッとしていた名無しさんの表情が、俺の勘違いかもしれないけれど、何かを考えている表情に変わったような気がして。どうしたの、と声を掛ければ案の定「ねぇ、」と少しだけトーンの下がった名無しさんの声が返ってきた。

「あたし達って恋人っぽくないのかな?」
「え、な、何で!?俺は名無しさんと一緒だったらいつでもどこでも幸せだし、名無しさんを幸せにする自信もあるよ!?俺のどこがダメだった!?」
「あ、いや、ごめん。別れ話じゃなくって。」
「えっ、なんだぁ、ビックリした……。」
「……っくく、徹ってば焦りすぎ。」
「笑い事じゃないよ!本当にびっくりしたんだから!」

少し低いトーンで真剣な顔して「恋人っぽくない」とか言われたら、いくらモテると言われる俺だって焦るに決まってるじゃないか。今のは断固として名無しさんの言い方が悪かったと思うんだけど、そう言えば、お腹を抱えて笑いながら「ごめんごめん」と謝られた。こんなにも誠意の伝わらない謝罪があるだろうか。
結局、名無しさんが何を言いたかったのかといえば、あんまりデートとかしてないから恋人っぽいこと出来てないんじゃないか、ということだったらしい。きっと自分が忙しいことを気にしているんだろうが、そんなこと全然気にしなくていいのに。名無しさんの仕事が忙しいのと同じように、俺もバレーで忙しいのだからお互い様だ。

「俺は、本当に名無しさんと一緒にいるだけで幸せだよ。」
「なんか、ドラマみたいな台詞だね。」
「……それは及川さんがイケメンってことでオッケー?」
「ノー。」
「えっ、」

意味のない会話を交わして笑い合う、俺はちゃんとこんなにも幸せなのに。もしかしたら、名無しさんは違うのだろうか。こうやって話を切り替えていつも通り笑っているように見えるけれど、本当は名無しさんも周りの女の子と同じように普通の恋人生活に憧れているのかもしれない。行きたい場所や見たい映画があるのかもしれない、けれど、俺に気を使ってそういう顔を見せないようにしているのだとしたら。
俺一人の幸せは、本当の幸せとは言えないんだよ、名無しさん。


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