ぴーーーーーす | ナノ


  03.


ある日、久しぶりに学校に来た名無しさんは、少し疲れているように見えた。つい先日までしていたドラマの撮影を終えて、今は少しだけ仕事を抑えられる期間らしいけれど、きっと落ち着いて疲れが出てしまったんだと思う。授業中、ふと隣を見ればウトウトしている彼女が目に入って。一定のテンポで背中をトントンと叩いていれば、少しした頃に名無しさんが夢の世界に落ちていったのがわかった。

「及川、寝かしつけるのは良いが、後で勉強教えてやれよ。」
「はーい。」

いつもは厳しいと言われる古典の先生も、名無しさんにだけは甘いあたり、やっぱり有名人と一般人には格差があって、俺も一般人側なんだと思い知らされる。努力して手に入れたこの位置も、名無しさんと比べればまだまだ足元にも及ばない。勿論、これから先も努力を怠るつもりは1ミリもないけれど。
暖かくなってきたとは言え、まだ肌寒さを感じるこの季節。不意に触れた名無しさんの手が冷たいことに気付いて、俺はそっと名無しさんの肩にブレザーを掛けた。


バレー以外のことでこんなに腕を使ったのは久しぶりかもしれない。結局、お昼まで寝ていた名無しさんは、目を覚まして「もうお昼か、」なんてぽつりと呟いた。それから「ごめん、さっきのノート貸して」と。予想通りの言葉と表情に頬を緩めると、彼女が首を傾げるから、更に口元が緩んでいく。

「ニヤニヤして、どうしたの?」
「ううん、上手くいきすぎて面白くて。」
「え、っと?」
「ノート見てみて。」

それが一体どう意味か分かっていない様子で、頭上に疑問符を浮かべていた名無しさんだったけれど、ノートを見た瞬間にその疑問符はどこかへ吹っ飛んで。代わりに満面の笑みを浮かべて俺を見るから、少しだけ恥ずかしくなって視線を逸らす。
名無しさんの文字の続きから綴られる俺の文字は不格好かもしれないけれど、真っ白よりは良いかと思って。今日の分まで書かれたノートを胸に抱きしめて「ありがとう」とふにゃりと笑う彼女を見られたから、全ては結果オーライ。

この笑顔を見れるなら、俺は少しくらい辛くたって平気だから。




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