音駒 | ナノ


▽ 依存者について


母の日だからお母さんと出掛けてくるね。
同棲中の彼女はそう言って午前中に家を出た。夕食を済ませて帰って来るらしい。昨日の夜に今日の俺の夕食を用意してくれた優しい彼女に感謝しつつ、冷蔵庫を開ける。冷え切った料理に寂しさを感じるほどには、彼女との生活に充実感を感じているらしい。

「留守番も出来ない子どもか、俺は」

ガシガシと頭を掻いて、ふう、と息を吐いた。俺がサークルの飲み会だとかで帰りが遅い時は、彼女もこんな気持ちで俺を待ってくれているのだろうか。申し訳ない気持ちと、その裏に隠れた嬉しい気持ち。幸せもんだよな、と未だに冷たい料理に視線を落とし、それらをレンジで温めた。チン、という音が響くのさえも虚しくて、かき消すようにテレビをつける。いつもはバカみたいに笑い転げるお笑い番組も、今は見る気持ちになれず、適当に歌番組をかけた。
少しして温め終えた料理を前に、今は目の前に居ない彼女に「いただきます」と一言。ハンバーグにソースをかけようと手を伸ばし、その手は宙でピタリと止まった。それもそのはず、準備してくれる彼女が居ないのだから、出てるはずもない。

「あれ?」

冷蔵庫にソースが見つからない。そういえば、前回使った時に無くなったような。彼女のことだから買い置きしているだろう、と買い置き用の棚を覗いてみるけれど、生憎ソースらしきものは見つけられず。普段、彼女に任せっぱなしにしているツケがこんな所で回って来るとは。
ダメだ、限界。
床にしゃがみ込んで蹲る。はぁ、と先程よりも長く、弱々しい息が零れた。目の奥が熱くなってきて、それを堪えるために奥歯をぎゅっと噛みしめる。こんなんで泣くとか、愈々子ども同然だ。

「早く帰ってこいよ、」

祈るように吐き出されたその言葉と同時に、一粒の雫が床に落ちた。
丁度その時。ガチャリと玄関の鍵が開く音がして、大袈裟にビクリと肩を揺らした俺は、咄嗟にごしごしと顔を擦った。それから急いで定位置となっている自分の席に戻って、ハンバーグを数口詰め込む。
リビングに顔を出した彼女が「ただいま」と言うのに対し、ごくりと口の中の物を飲み込んでから「おかえり」と返した。そしていつも通り「そういえばソース無ぇんだけど、どこだっけ」と。

「あ、ごめん。新しいの出すの忘れてた。」
「んや、そのままでも美味いから大丈夫だけど」
「そう?食器棚の一番下に新しいやつ入れてたはず……、あったよ、はい」
「ん、さんきゅ」

受け取って、ソースをかけたハンバーグをまたしても口に詰め込んだ。受け取るときにほんの少し触れた指先が愛おしくて、それすら瞳を潤す材料になってしまうらしい。彼女に知られればバカにされるのはわかってる。だから急いで平然を装ったというのに、これじゃあ全部台無しだ。無理矢理に食べ物を口に詰め込んでは、お茶で流し込んでいく作業に集中する。そうして一刻も早く、寂しい感情ごと風呂で全部洗い流してしまおうと思ったのに。

「そんなにご飯が美味しかった?」
「え、あ、あぁ」
「それともあたしが居なくて寂しかった、とか?」
「……は、」

何で、そんなこと。言い返す間もなく、カシャ、と音がして。スマホを片手にニヤリと笑った彼女。クスクス笑いながら見せられたスマホの画面には、先程撮られた写真が映し出されていて。あまりにも間抜けな表情の俺の頬に、一筋の涙が伝っていた。慌てて顔を拭うも、今更そんなことは無意味。ケラケラと笑う彼女は「部活の引退以来だね」なんて。顔に熱が集中するのを感じながら、俺は口に食べ物を詰め込む作業を再開した。
うるせぇ、それくらい好きなんだよ、悪いか。って後でゆっくり教えてやるから覚えとけよ。



(170514)


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