音駒 | ナノ


▽ 傷口を舐めて



最初は憧れから始まったような気がする。同じ学年の男の子で、サッカー部のエース。しかも学年でそれなりの人気者。そんな彼の姿に憧れて、彼と仲良くなりたいな、なんて随分と謙虚な欲望だったはずなのに。それはいつの間にか“恋”という名前がついてしまうほどに膨れ上がり、あたしだけの彼になってほしいだなんて、傲慢な願いへと変化していった。
恋は盲目、なんて言葉があるけれど、その言葉は的確にあたしを表したような言葉だと思う。つまり、あたしは彼に恋い焦がれるあまり、自分の立場を勘違いしていたのだ。彼は人気者だけれど、あたしはごく普通の一般生徒。彼との接点はと言えば、一年生の時に同じクラスになったことくらい。特別仲が良かったわけでもないし、一緒に遊んだことすらない、身分の違う人間だったのだ。

家から数分の所にある公園のブランコで一人、あたしはぽろぽろと溢れ出る涙をどうしようもなく垂れ流していた。告白するのも初めてなら、フラれるのも初めてで。こんなに苦しい思いをするなら告白なんてしなければよかった。なんて、今更後悔したところで過去を変えることなど出来ないのだけれど。
「ごめん、お前とは友達のままでいたい」それが彼の返事だった。切り捨てることすらしてくれない彼の優しさに、余計に胸が苦しくなる。好き。好き。好き。好き、でした。
静かな公園に、あたしが涙を啜る音だけが響く。それがやけに一人を際立たせて、寂しくて。どうしようもなく心細いくせに、帰りたくない、なんて我が儘があたしを支配する。留まることのない涙を拭って、小さく溜息を吐いた、その時。

「こんな所に居たら風邪ひきますよ、オジョーサン。」

随分と聞きなれた声に、心の奥の方がふわりと暖かくなるのを感じながら、あたしはその声の主へと視線を向けた。そんなあたしに、その人、幼馴染の黒尾鉄朗は「ぶっさいく」と柔らかく笑う。突然の登場にビックリして治まりかけたはずの涙が、どうしてか鉄朗を見たら再び溢れ出してきて。ブランコの前にしゃがんだ彼は、あたしに何を聞くでもなく、ただ優しく腕の中にあたしを収めた。良く知る彼の匂いと体温が、冷え切ったあたしの心に染みていくようで心地良い。

「……フラれちゃった」
「ん、そっか。頑張ったな。」
「でも、全然、ダメ、で……」

グズグズとネガティブな気持ちばっかり零れ落ちていく。鉄朗は、そんなあたしの頭を優しくぽんぽんと撫でながら話を聞いてくれて。「全部、無駄だったのかな」そう呟いたあたしの言葉に、ゆるゆると首を左右に動かした。それから「無駄じゃねぇよ」と。吐き出された鉄朗の言葉は何故か震えていて、あたしを抱きしめる腕に力が込められていく。

「お前が頑張ってるとこ、見てる奴もいるんだよ」
「……うん、」
「俺は、ずっと名無しさんの傍に居るから、安心しろ」

顔を上げれば、ばちりと視線がぶつかり合って。あたしの後頭部に回された鉄朗の手が、あたしと鉄朗の距離を近付けていく。
あぁ、なんて都合の良い女なんだろう。ごめんね、許して、鉄朗。言いたいことはいくつかあったはずなのに、それらは全て吐き出されることなく。唇が重なると同時にあたしの体内へと飲み込まれていくのだ。



(170509)


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