青葉城西 | ナノ


▽ 好き好き病


 これは多分、一種の病だ。口を開けば彼のことを好きと言ってしまう病気。もしくは、語尾に「好き」を付ける属性の、新しい生き物かもしれない。それほどまでに、あたしは日常会話の中で当たり前のように「好き」を繰り返すのだ。
 彼が好きだ。何度紡いでも足りないくらいに好きだ。それはきっと、彼も分かっていることだろう。だから、嫌そうな顔をされたことは一度もない。少なくとも、あたしの視界では。
 今日も今日とて、朝、会って真っ先に「今日もカッコいいね、好き」って言ったし、満員電車であたしを守ってくれる彼に「男前だね、好き」って言ったし、お昼には「大好きなはじめと一緒にお弁当食べられて幸せ」とも言った気がする。一つひとつを覚えているほど律儀な人間ではないけれど、兎に角、たくさんの「好き」を紡いだのだ。
 そんなあたしの「好き」を聞きながら、あたしより数倍大きいお弁当をぺろりと平らげた彼は、少しの間の後に、いつもよりトーンを落とした声で「あのよ、」と口を開いた。
「そんなに好き好き言わなくても、お前の気持ちは十分伝わってる」
 彼があたしの「好き」に対して物申すのは、多分これが初めてだ。今まで黙って聞いてたけど、やっぱりしつこいからやめてくれ、とでも言われるのだろうか。それとも、愛が重すぎる、とか。どちらにせよ、その類の言葉を吐かれたら、今までずっと彼に我慢をさせていたという現実に押しつぶされて一週間は立ち直れない自信がある。
 お願い、悪い話じゃありませんように。でも、こんなに低いはじめの声は久しぶりに聞いたから、やっぱり何か問題があったのかもしれない。どうしよう。
 ぐるぐると頭の中で不安が渦巻いて、次の言葉を聞きたくないのだろう、体が勝手に耳を塞ぐ。誹謗・中傷・別れ話は受け付けません、と行動で示すあたしに、彼は溜息を一つ零した。
「悪い話じゃねぇから、とりあえず聞いてくれ」
「え?」
 すかさず耳から手を離すあたしは、随分と単純な女である。
「お前が好き好き言ってくれんのは嬉しい、けど、一つだけ問題がある」
「何でしょう」
「お前が俺のことを好きじゃなくなった時に、少しずつ気持ちが離れていくのが明確にわかるっつーのは耐えられる気がしねぇ。嫌いなら嫌いって言ってくれ、頼むから。……じゃなくて、その、つまり、好きって言われねぇ日を想像したら、なんか、しんどい。」
 赤くなった顔。頭を下げているから表情は分からないけれど、その視線の先にあるのは握り拳だった。彼にとっては相当恥ずかしい告白だったのだろう。あたしにとっては、最高にうれしい言葉だったのだけれど。あたしの「好き」が届いているという確信が得られたこともそうだけれど、何より、彼があたしと離れることに不安を抱いているという、裏を返せば離れたくないと願っていることが、だ。
 つまり、別れに助走はいらない、ということだろう。まさか彼の口からそんな話が飛び出すなんて思いもしなかったけれど。もしかしたら、用事があったり、部活の合宿であたしと過ごせない数日を過ごしている間、普段傍にあるはずの「好き」が無いことが、彼にとっては大きなストレスだったのかもしれない。
 そんな彼を想像するだけで、可愛いさのあまり「好き」を零しそうになってしまって、思わず言葉を飲み込んだ。これから先も、数日会えないことがないとは限らない。数週間後に、彼の合宿があることは確定済みだ。とすれば、一週間くらい「好き」が無くても生きていけるように、あたしが訓練してあげなければ。
「わかった、好きっていうの、少しだけ我慢する」
「あぁ」
「けど、多分あたし、はじめのこと一生嫌いになれないよ」
「なんなくて良いんだよ」
 そう言って、わしゃわしゃとあたしの頭を撫で回す彼。その行為が照れ隠しだということくらい分かっているけれど、今は何も言うまい。口を開いたらすぐに零れてしまいそうな「好き」を飲み込んで、あたしは彼に笑顔を向けた。



かっさらい隊/しさちゃんより(180407)


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