青葉城西 | ナノ


▽ 至福のひととき


 人にはそれぞれ幸せを感じる瞬間がある。好物を食べている時間だったり、趣味に勤しんでいる時間だったり、それは人によって様々で。ある奴は、女の子に囲まれている時だと言っていたし、また別のある奴は、女に囲まれているそいつにボールをぶつける時だと言っていた。本当かどうかは定かじゃないけれど。
 それはさて置き、俺の彼女は、その至福のひとときを「貴大が幸せな時」と答えた。貴大、つまり、俺が幸せな時に、彼女もまた幸せを感じるらしい。それは彼氏としてとても嬉しいことなのだけれど、とどのつまり、どういうことなのか俺にはさっぱりわからなかった。
「例えば、シュークリーム食べてる時、幸せでしょ?」
「うん、最高」
「そんな貴大を見てたら、あたしも幸せになれるの」
 つまり、見ているだけで幸せを感じてくれるのか。かと思えば「あたしの料理を美味しいって言って食べてくれる時」とか「抱きしめられてる時」とか「寝言であたしの名前を呼んだ時」とか。五感に関する一貫性は無いらしい。
 んん、どういうことだ。
 普段、大して使ってない頭をフル回転させて考える俺に「恥ずかしいからわかんないままでいいの!」と顔を赤くする彼女。そんな姿が可愛くて、じゃあいいや、と考えることを辞めてしまいそうになったが、幸せを共有したい派の俺は、ここで諦めるわけにはいかないのだ。
というか、こうして彼女のことを考えている時間だって、俺は幸せなのである。彼女の美味しい料理を食べている時も、抱きしめてる時も、夢に出て来ただけでも、俺は……。
「俺が幸せならお前も幸せなんだよな?」
「うん、そう」
「でも俺、お前といるだけで幸せなんだけど」
「う、うん、もう何も言わないで」
 だってそれって、つまり、俺と居るだけで幸せってことだろ。興奮気味にそう紡いだ俺の口を両手で必死に塞ごうとする彼女。そんなことしたって無意味なことくらいわかるはずなのに、どうやら耳まで真っ赤になっている今の彼女にはそういった判断は出来ないらしい。自分でもわかるくらいに頬の筋肉が緩んでいる。
 至福のひとときは、いつの間にか「ひととき」ではなく、永遠の至福へと形を変えた。今更ながらそんなことに気付いては、また幸せを感じる。多分、俺達の幸せのパラメーターは、とうの昔に壊れてしまったのだ。
「俺すげー幸せ」
 キスを一つ落として、そう告げた俺に「うん、知ってるよ」と彼女。「だって、貴大が幸せだったらあたしも幸せだから」なんて、赤い顔で、けれど嬉しそうに笑う彼女を見ながら、俺も笑みを零した。



#夢書ワンライ「至福のひととき」(171106)


prev / next

179511[ back to top ]