青葉城西 | ナノ


▽ 弱い、弱すぎる!


「ねぇ、」

教室で一人、部活で忙しい彼の為に日直の仕事を代わって学級日誌にペンを走らせていれば、そんな声が聞こえて。まさか戻ってくるなんて思いもしなかった彼、花巻貴大に「忘れ物でもしたの?」と声を掛ければ、彼はゆるゆると首を左右に振って。何も言わずにこちらに歩み寄る彼に、何か悪いことでもしただろうか、なんてドキドキする。けれどあたしの目の前まで来た彼は、それでも何も言おうとはせず。そのまま自然な流れで、あたしは彼の腕の中に収められた。

「急に甘えん坊さんモードなの?」
「だって、」

彼があたしの背中に腕を回すように、あたしも彼の背中に精一杯腕を回して、優しくポンポンとリズムを刻む。それから小さく笑って言葉を投げ掛けたあたしに、彼はちょっとばかり不服そうな声を上げて。「だってみんなが名無しさんのこと可愛いとか言うから、」と。
遡ること数十分前のこと。及川くんの「マッキーの彼女って可愛いよね!」から始まり、何故かあたしの話になった男子バレー部に、最初のうちは自慢げにしていたらしい彼だったけれど、みんながあまりにも会話に食い付き過ぎて「俺の彼女だから!!!」と啖呵を切って出てきてしまったのだとか。

「……あたし、明日からどんな顔して学校来ればいい?」
「ごめん、」
「まぁ覚悟はしとく。」
「……ところで俺、どんな顔して部活戻ればいい?」
「それは自分でどうにかして。」

ヤダヤダ、と急激に熱くなった顔をあたしの首筋に埋めた彼は、きっとあたしに状況を説明しているうちにさっきまでの自分が恥ずかしくなってきたのだろう。顔を上げてチラリとあたしを見た彼は「一緒に来て」なんて、まるで子供の様で。お願い、と一言付け加えた彼に、あたしはニコリと口角を上げて「無理」と答えた。
けれども、彼も部活に行きたいという気持ちを持っている手前、食い下がってはくれないらしく。お願いお願いと子どもの様とは思ったものの、よく考えればあたしを軽々持ち上げてしまうほど力のある男子高校生相手に、反抗する手立てもない。

「あたし、貴大に甘い気がする……。」
「でもそういうとこ、大好き。」
「っ、ばーか!」

これはきっと惚れてしまったあたしの弱みなのだろう。
体育館に入って、真っ赤な顔をしながらも大きな声で「こいつは俺の彼女だから、誰も手ぇ出すなよ!」と堂々宣言する彼に恥ずかしさを覚えながらも、あたしの口から零れるのは先程彼から聞いた言葉で。そういうとこ、大好き。そう零すあたしも、彼に負けないくらいに真っ赤だったと思う。
その後存分に冷やかされたことは言うまでもない。



(160510)お題...まねきねこ


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