青葉城西 | ナノ


▽ そういうとこ、全部


午後の降水確率100パーセント、そう表示するスマホを見つめながら大きく溜息を吐いた。雨降るみたいだから傘持っていきなさいよ、という母の言葉を無視した今朝の自分を一発殴ってやりたい。委員会の仕事で残っていたせいで、友達は帰ってしまっているか、もしくは部活に出てしまっている。部活が終わるまで待つのも手だけれど、そうとなるとあと2時間ほどをどう潰そうか。弱まるどころか強くなっている気さえする雨脚に、思わず二度目の溜息が零れた。その時。

「そんな溜息吐いてると幸せ逃げますよ、オネーサン?」

覗き込まれたその瞳は、この短い人生で飽きるほどに見てきた幼馴染、花巻貴大のもので。悪戯っぽいその言葉遣いも、ニヤリと意地悪そうに笑うその表情も、幾度となく見てきたからわかるが、こういう時の貴大は大抵何か企んでいる。それがあたしにとって損になるか特になるかは時と場合によるけれど。

「現在進行形で幸せ逃げてるから溜息吐いてんの、バカ。」
「あーあ。救世主にそんなこと言っちゃう?」
「は?」

皮肉を皮肉で返せば、大袈裟に「あーあ。」なんて言ってチラリとこちらを見るもんだから、何もしていないけれど悔しい気持ちにさせられる。こんなにも簡単に貴大の掌で転がされているという事実が、既に悔しいのだが。それは置いておいて。
救世主という言葉にたった一文字で返したあたしに、貴大はわざとらしく口角を上げた。それから鞄をガサゴソと漁る。今更だけど、中身の少なそうな鞄と、今日が月曜日という事から部活は休みらしい、なんて暢気な考えが頭に浮かんだ。それは時間にすればほんの数秒のことだったと思う。「あれ?」という貴大の声で現実に引き戻されたあたしと、そんなあたしに苦笑いを浮かべる貴大。

「……やっぱり無かった。」
「何の話?」
「折り畳み傘。」

そこで漸く合点がいった。つまり、折り畳み傘を持っていると思ってニヤニヤと得意げに過ごしていた上に「救世主」だなんて自称していたけれど、鞄の中にお目当てのものは無く。それどころか自分も傘がないという窮地に追い込まれてしまったのだ。なんて残念な結果だろう。
というか、折り畳み傘なんて小さい傘を背の高い貴大と一緒に使うことだって、きっと似たり寄ったりな結果だと思うけれど。そう考えれば、なんだか貴大に折り畳み傘が似合わない気がしてきて、頭の中に浮かんだ映像に「ふはっ、」と笑いが零れた。

「貴大が、折り畳み傘っ……ふふっ!」
「ちょっとなんか失礼なこと考えてない?」
「ふはっ、ご、ごめん……!」
「あーもう!良いから行くぞ!」
「……ん?え、行くって?どういう、」

笑うあたしに顔を赤くする貴大。だから自分のブレザーをあたしの頭に掛けて、見られない様にしたのだと思ったけれど。「行くぞ」そう言って急に手を引っ張られたかと思えば、土砂降りの中を駆けだしていたあたし達。それに少し遅れて、漸くあたしの思考が状況を理解していく。ゆっくり、最初から、一つずつ。
部活が休みなのにあの時間まで残っていた理由も、傘を貸してくれようとした理由も、笑ったあたしに真っ赤な顔をした理由も、全て繋がっているのだとしたら。このブレザーも照れ隠しなんかじゃなく、あたしが濡れない為の彼の優しさだとしたら。
あぁ、だから今、あたしの手を握る彼の手はいつもより熱くて、チラリと見える彼の耳は真っ赤なのだ。

「好きだよ、」

そういうとこ、全部。
大きな雨音の中、ふと足を止めて振り向いた真っ赤な顔の彼に、きっとこの声は届いたはず。


(160510)


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