虚弱系男子 | ナノ


▽ 腹痛


正直言えば、朝から熱っぽい気はしていた。けれど、合宿中というこんな大事な時にみんなに心配をかけるわけにはいかない。マネージャーである彼女も木兎さんも、心配が表に出やすいタイプの人だ。となれば、梟谷のメンバーだけでなく他校のメンバーにも迷惑をかけてしまうかも、なんてことにはしたくない。幸いにも、少しふらつくくらいで痛みもなければ吐き気もない。うん、大丈夫だ。
なんて思ったのが間違いだった。全国を目指すバレー部員達の練習は、多少なりとも体調の悪い人間に耐えられるようなものじゃない。夕方の練習までは少しの違和感程度だったものが、第三体育館で居残り練習をしているうちに確実なものへと変わっていって。嫌な予感がする。

「赤葦、やるぞー!」
「あ、はい。」

フクロウチーム木兎さんのサーブ、ネコチーム月島が拾う、黒尾さんのトス、リエーフのアタック。の予定が、タイミングが合わなくて緩いボールが返る、日向が拾う。この次は、俺が木兎さんか日向にトスを上げる番だ。木兎さんの調子も上げたいところだが、日向もこのボールを狙っている。
ボールが俺の元へ来る数秒でいくつもの思考を巡らせつつ、トスの構えをして、それから。

「っ、」

ストン、と俺の傍にボールが落ちた。みんながこっちを見ているような気がするけれど、それを確認するほどの余裕は無くて。さっきまでボールを待っていた俺の手は、真っ赤になるほど力強く自分の腹部を押さえる。それから立っていることさえ出来なくなった俺はその場に倒れ込んだ。

「赤葦!どうした!?」
「腹痛か?しっかりしろ、赤葦。」
「っ、はぁっ、はぁ、」

痛い。お腹が痛い。助けて、痛い。
すぐに全員が駆けつけて来て、黒尾さんと思われる人が腹部を優しく擦ってくれる。「名無しさん呼んでくる!」と別の体育館にいるであろう名無しさんの元へと走っていったのは、声からして木兎さんだ。後輩達はきっと困ってるだろうな、申し訳ない。

「京治、お腹痛いの?」

間もなくして第三体育館に来た名無しさんは、様子を見るなりすぐに察してくれて。小さく頷く俺の頭を優しく撫でた。ほんの少し気持ちが和らいだのはきっと彼女の存在のお陰。
と言っても、痛みが治まるわけではなく。うずくまった俺は奥歯を強く噛んで痛みに耐えるしかない。

「っ、」
「木兎さん、毛布借りて来て!ツッキーと日向はマネ部屋に行って暖かい飲み物と薬貰ってきて!リエーフは何でもいいから袋!黒尾さんはスポドリ!早く!」

咄嗟に与えられる名無しさんからの仕事に、一同は「はい!」と返事をしてそれぞれ駆けていく。そこでふと、自分の腹部を擦るのが黒尾さんから名無しさんに変わっていたことに気付いた。通りでさっきよりも心地良いわけだ。黒尾さんには申し訳ないけど。
けれど相変わらず痛みは治まらず、少しずつ強くなる痛みに声が漏れる。それと同時に、痛みに伴った吐き気までしてきて。体が冷えていくような感覚に襲われる。

「っ、いた……いたい、っ……うっ、くっ」
「大丈夫、すぐ良くなるよ。あたしの膝に頭乗せて、楽にして。」
「うっ、……い、たっ……も、やだっ、うっ……」

痛くて、苦しくて。それでいて二人きりの空間だからか、思わず弱音が零れ、涙が溢れ出す。こんなに痛いのは多分人生で初めてだ。まるで縋るように名無しさんのジャージを強く握る。
痛い、痛い、痛い。早く助けて。誰か、お願い。

「大丈夫、薬飲んだらすぐ良くなるからね。」
「ふっ、うっ……いた、っ……っく、」

優しくお腹を擦ってくれる彼女に身を委ねて、必死に痛みに耐える。どうにかなってしまいそうな程に痛いというのに、それに伴って吐き気まで強まってきて。こんなに自分の体を憎く感じたのは初めてかもしれない。冷や汗をかいているのだろう、体が冷たく感じた。

「っ、名無しさんっ……は、げほっ、はき、そっ……げほ、ごほっ」
「うん、ここに吐いていいよ」
「ごほっ、……っ、」

いつの間にか誰かが用意してくれていたらしい袋に顔を突っ込んでみるものの、お腹の痛みの所為か思ったように吐けずに苦しさだけが募っていく。すると今度は「ちょっと頑張ってこれ飲んで。」と、口元にスポドリを差し出す彼女。胃を刺激して吐かせるつもりなのはすぐにわかったが、同時に苦しみが訪れることも予測できてしまって。躊躇う俺に、名無しさんは「ごめんね。」と。
それがどういう意味かを理解した頃には既に遅く、抵抗する間もないままスポドリを流し込まれ、途端にびちゃびちゃと音を立てて袋に吐瀉物が零れた。

「げほっ、げろっおぇ、……っ、はぁ、はぁ」

少し吐いて落ち着けば、てきぱきと袋を片付けた名無しさんは「少しは楽になった?」と心配そうに顔を覗かせた。それに対して、少しすっきりした俺はこくりと頷く。痛みは相変わらずだが。すると今度はふわりと体に優しい重さが乗り、少し周りを見やれば、未だにオロオロした木兎さんが「赤葦頑張れ!」なんて。
それから烏野のマネージャーを探して貰ってきた薬を飲んで、暖かいお茶をゆっくり飲む。落ち着いたころに救護室に移動すれば、まだ痛いなりにも話せるようになった俺に、みんなが声を掛けてきた。

「心配したぞ、赤葦!」
「無理すんなよ」
「すいま、せん、」
「とりあえず明日は休め。その様子だと明日も安静にしといた方がいい。」

みんなに心配と迷惑をかけてしまったことに申し訳なくなりながらも、みんなの優しさに心が温かくなる。救護室に着いてからずっと手を握ってくれている名無しさんは、疲れてしまったのか気付けば寝息を立てていて。俺はそんな彼女の頭をそっと撫でた。

「あとでマネさんの布団も持ってきますか?」
「うん、お願い、」
「良いマネージャーだな、音駒にくれてもいいんだぜ?」
「ダメ、です。」

名無しさんは俺のですから。
言って、やっと力の入るようになった手で名無しさんを抱き寄せれば、木兎さんと黒尾さんが優しく笑う。多分、今日のことは一生忘れられない。


(160106)


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