虚弱系男子 | ナノ


▽ 風邪


「おい、少しは周りを頼れよ。」
「え?」

放課後の練習中、丁度アップを終えて今日の練習メニューに移ろうかという時に岩ちゃんは唐突にそう言った。その言葉を後押しするように、近くに居た部員も俺に不安そうな表情を向ける。けれど、それがどういう意味か俺には全く理解できなくて、本気で首を傾げる俺に眉を顰める岩ちゃん。そんな怖い顔しなくてもいいのに。

「待って、本気で何のことかわかんない!」
「そんな顔して何言ってんだ、お前。」
「すっげー顔色悪いよ。」
「え、ホント?」

思わずマッキー、松つん、そして周りの部員にも確認するが、答えはみんな同じ。まさか、そんな。今日は朝からいつも通りで、特に体調が悪いだとかそういう異変はなかったし、何なら今の今まで体調不良に気付かないくらいに元気なのに。
違う、元気だった、のだ。病気っていうのは気付いてしまうと辛くなるのがセオリーで、今回もそれに違わなかった。

「なんか、ちょっと、寒い、かも。」

途端にガタガタと震えだす俺に「あ、悪い、言わない方が良かったか」なんて、今更遅いよ岩ちゃん。既に寒さに支配された体は言うことを聞かず、震えが治まらないし、立ってるのも辛くなってきて。
「及川、少し移動するぞ。」そんな声が聞こえてよろよろと壁際まで移動した。少し遠くからみんなの靴音が聞こえるってことは、誰かが部活を再開してくれたらしい。それを理解するほどの余裕は、今の俺には無いけれど。

「徹、大丈夫?」

不意に大好きな声が聞こえた。マネージャーの仕事をしていたはずの名無しさんがどうしてここに居るのかはわからないけれど、傍に居てくれるだけで心が落ち着いていくのだけはわかる。「ジャージ持ってきたから、これ着て。」なんて、気が利く彼女に有難くジャージを着せてもらった。これで少しは落ち着けるかも。
そう思ったのも束の間で、寒さに加えて吐き気まで押し寄せてきて。彼女にしがみつくように蹲りながら、片手で口を覆う。

「っ、」
「徹、吐きそう?」
「ちょっと待て及川、袋かなんか、」

苦しくて、名無しさんに頷くのもやっとの状態。正直、トイレまで行く余裕なんてないし、誰かが袋を持ってくるまで我慢できるかどうかもわからない。もう限界だ。
吐く。そう思った瞬間、俺は無意識に彼女を突き放していた。助けて、助けて、でも来ないで。

「ごぽっ、……おぇっ、げぇっ、」

やっぱり我慢なんて出来なかった。手から溢れた吐瀉物はびちゃびちゃと零れ落ち、床を汚していく。こんなところ、誰にも見られたくなかった。ましてや大好きな彼女の前で、こんな、カッコ悪い。留まることなく溢れてくる吐瀉物に抗う術もなく、苦しくて涙が零れた。

「げぇっ、はぁ、げっ、げぼ、げほっげほっげぇっ、っえ、」
「大丈夫、全部出していいから。」
「げっ、げぼっげぼげぼっ、はぁ、はぁ、はっおぇ、げ、げぼっ、おぇぇ、」

来ないで、そう言いたいのに声も出せなくて。背中を撫でてくれる名無しさんの優しさが嬉しい反面、こんなにカッコ悪いのが悔しい。それからどれくらい吐いていたのか、その後どうしたのか、俺の記憶はそこまでで。
気付いた時には真っ白い天井が俺を見下ろしていた。保健室らしい。

「はぁ、」

思わず、記憶が途絶える直前の出来事を思い出して溜息が零れる。後輩も友達も彼女も居たあの場で吐いてしまった自分が無様で恥ずかしい。考えれば考えるほどに辛くなって、体調が悪いのも相まって涙が溢れる。俺、嫌われたらどうしよう。

「っ、」
「なに泣いてんの?」

突然だった。カーテンが開いたかと思えば、今頭に思い描いていた名無しさんがすぐ傍に立っていて。涙目の俺を見てそう言った彼女は、優しく俺の頭を撫でる。「ごめん、俺、カッコ悪くて、嫌い、に、ならないで、」嗚咽で途切れ途切れになりながらも少しずつ言葉を紡げば、俺の頭を撫でていたはずの手がペチンとおでこを鳴らして。

「馬鹿にしないで。そんなんで嫌いにならないよ、あたし。」
「……ホント?」
「好きだよ、徹。」

優しく笑う名無しさんに、俺の涙はまた溢れ出した。



(151130)


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